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2011年9月12日 (月)

易経勝手読み(三四)・・・天地否

八月十五日 【十五夜】

 天地否は本来の意味が全く失われている卦です。字統によると、否の上部のつくりである丕は植物のめしべが膨らみかけた状態です。否はその下に膨らみがあるので、めしべの中に実ができた状態です。

 天地否の爻辞には包が二回、包に草冠が付いた苞が一回出てきます。包は胎児を表しますので、なにか赤子のような小さい物、包む物をこの卦が表していることが推測できます。

 意外な文字が突破口になります。離です。字統によると離とは朝鮮ウグイスという鳥で、古代の支那ではこの鳥の鳴き声は養蚕の季節のスタートを告げる声でした。さらに桑という字があります。

 中に実がある、赤子のように小さくて、包む物、これはまさしくお蚕さんです。天地否は養蚕を表す卦です。

茅を抜きて茹ふ(かふ)
其の彙と以にす(たぐひとともにす)
承のごとく包み
羞のごとく包め
疇に離する祉
休ひなる否や(さいわひなるひや)
其れ亡びなん其れ亡びなんとして
桑に苞みて繋がる
傾ひかな否や(あやふひかなひや)
先に否にして後に喜びあり

(蚕は)茅の葉を棚にして飼う
(蚕は)たくさんの数を一緒に飼う
(蚕は)神からのお告げを受けるときのように大事に掴み
(蚕は)神へのお供えの肉を渡すときのように大事に安置せよ
畑に朝鮮ウグイスの鳴く頃に生まれる神からの贈り物
蚕はありがたや
動かなくなりまさに死にそうになるその時に
桑に引っかかり繭を作る
しかしその時には蚕には死が待っている
(絹糸は繭玉を茹でて蚕のサナギを殺して取り出します)
そうして繭から(絹糸が取れる)喜びがある

 商は養蚕をしていたらしく、青銅器にも蚕を形取った飾りがあるそうです。天地否の冒頭の抜茅茹以其彙という句は地天泰にも出てきます。先の地天泰で解釈したように、地天泰もまた滅びた商の生き残りを表す卦です。

 日本の習俗がそのまま古代支那に当てはまるのか分からないのですが、日本では養蚕と茅は切っても切れない関係にあります。

 養蚕は茅葺き屋根の屋敷でやります。茅葺き屋根の保温防湿作用が、熱や湿度に弱い蚕を守るには最適だったからです。古くなった屋根の茅は桑の最上の肥料だったそうです。おそらく古くは茅の長い葉を使って蚕棚を作ったのでしょう。抜茅茹以其彙もまた養蚕を表す句なのでしょう。

 また字統には、説文解辞で「茹とは馬を飼う意とする」と有りますが、蚕を馬に見立てるのは世界中で共通する連想です。馬頭観音は養蚕の神様です。養蚕の起源の物語には馬と少女が頻繁に登場します。これは蚕の顔が馬に似ているのと、馬のように大量に餌を食べるからです。

 信じがたいかもしれませんが、天地否の爻辞に出てくる字は全て養蚕を指しています。天地と蚕の間には関連はないと思います。たまたま、泰の後にあったし、共通する句もあったので、セットにする意味で天地をつけたのでしょう。

 これは易が元々は八卦とは関連のない書物であったことを示唆していると考えられます。易と八卦を関連づけたときには、既に易の内容の一部は分からなくなっていたのでしょう。

 まあ無理矢理解釈するとすれば、家畜化された蚕は成虫になっても飛べませんので、天と地をくっつけて養蚕と言えないこともないかもしれません。

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