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2011年10月15日 (土)

易経勝手読み(四六)・・・地風升

九月十九日

 升の本来の意味は上るではなく、容積の単位です。私たちが普段お米を量るのに使っている一升、二升の方が升の字の古い使い方です。上るという意味は易経の地風升、六五の「階に升す」から派生した用法です。

 地風升の六四の王用享于岐山は、睪雷随(沢雷随)の上六の王用享于西山と似ています。睪雷随は戦争で捕まえた捕虜を生贄として捧げる卦でした。升および升の九二で出てくる龠は穀物を計量する単位ですので、地風升は生贄ではなくて穀物を神様にお供えする祭儀です。

升を允ねる(つらねる)
孚は乃ち龠を利用す
虚邑に升する
王岐山の享に用ふ
階(きざはし)に升す
冥に升す

穀物を並べる
生贄のかわりに器に盛った穀物を用いる
邑の小高い聖なる丘に捧げる
周王が岐山の祭祀に用いる
神霊の下るお供えの段に備える
死者にお供えする

 虚は壇状になった聖地で、白川静は古代支那にもメソポタミアのジッグラドのようなピラミッド状の神殿があったのかもしれないと推測しています。ピラミッドまで行かなくても、古代支那の都邑に壇状の聖地があったことは他の学者も推測しています。

 岐山は周が初めて都市生活を営んだ土地です。

 階は神が下り降りる神梯で、御柱祭の柱や、地鎮祭で神主が立てるお供え台のような物でしょう。

 冥は死者にかぶせる帽子。日本の幽霊が頭につけている三角巾です。本来あれは頭にかぶせて顔を隠します。

 商は人狩りをして、人間を祭に捧げる残酷な王朝でしたが、周は穀物を捧げる穏健で開明な王朝であることを地風升は表しています。

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 生贄の祭と穀物の祭の対比は、水火既済と火水未済でも登場します。この二つは元々は一繋がりの詩なのですが、水火既済に東鄰に牛を殺し、西鄰に禴祭す、とあります。これは渡河に先立って神のご加護をえるために陣の東で牛を殺す祭祀をし、陣の西で穀物を捧げる祭祀をしたことを表した句です。

 睪雷随(沢雷随)では、王は生贄を西山にささげていました。それに対して水火既済では君子(お殿様)が東鄰で牛を生贄にささげています。睪雷随では西で、水火既済では東です。方角が違います。生贄にささげるのも人と牛という違いがあります。

 それに対して穀物の方は、地風升が西山で、水火既済が西鄰です。方角が同じです。地風升と水火既済の方が近いことが分かります。

 易経の表現には無駄が全くないので、これには意味があります。水火既済に出てくる君子は、人を生贄にささげる商(殷)とは別系統の部族なんだろうなと言うことが推測できます。

 水火既済では西鄰に禴祭し、地風升では王が龠(禴)を西山にささげています。水火既済に出てくる君子と地風升の王は同じ系統の文化を持った部族だと言うことがわかります。地風升は周王の祭祀を歌った卦なので、水火既済は、まだ王国になる前の周族のことを歌った詩であることが推測できます。

 水火既済で西山(岐山)ではなく西鄰となっているのは、水火既済が遠征中の渡河を歌う詩であるからです。東鄰、西鄰とは軍陣の東側と西側を意味しています。水火既済と火水未済は周族が商軍に加わって鬼方を伐つ詩ですので、商におつきあいして周も牛を殺したのでしょう。

 易経は様々な卦が複雑に絡み合って整合の取れた体系だった世界観を表現しています。孔子の時代には既に意味が分からなくなりつつあり、孟子はほとんど分からなくなっており、荀子は完全に本来の読み方とは外れた陰陽の組み合わせによる読み方をしています。

 ですので易経を最初に書いたのは春秋時代の人ではないことが分かります。易経はおそらく西周時代に原型が編集されたのではないかと私は推測しています。

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