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2011年10月29日 (土)

易経勝手読み(五一)・・・雷水解

十月四日

 雷水解の爻辞は二つの部分に分かれます。一つは射術の名人の話、一つは人を殺めてしまった場合の償い方です。

 二つの部分が易経に収録される際に合体してしまったのは、両方とも矢に関連する句が多数収録されているため、一連の記述と混同してしまったためではないかと考えられます。

(1)射術の名人の部分

田して(かりして)三つの狐を獲たり
黄矢を得たり
公用いて高墉に上りて隼を射て之を獲たり

狩りをして狐を三匹捕らえた
褒美に火矢をもらった
公(射術の名人?)は火矢を用いて
 高い城壁に上って高速で飛ぶ隼を射落とした

 隼というのはスピードを出して飛ぶ鳥という意味で、必ずしも今日本でハヤブサと呼ばれている鳥とは限りません。高いところに上って撃ち落としたと言うことから、雁や白鳥など、高いところを飛ぶ鳥かもしれません。

(2)人を殺めてしまった場合の償い方

乗じて徂せしめる(しせしめる)を負ふ(つぐなふ)
寇に致り(おくり)至して
拇を解く
朋ならば至して斯きり(あしきり)孚とする
君子ならば維して解くこと有り
小人ならば孚とすること有り

過失で人を死せしめるを償う
司寇(司法)に送って神占(かぐづち)をする
(過失というのが正しければ)親指を切り落とす
(過失というのが正しくない場合=故意の場合)
血縁者間の殺人の場合、脚の腱を切って奴隷とする
貴族間の殺人ならば縛って親指を切り落とすことがある
庶民間の殺人ならば犯人を奴隷とする

 乗には勢いに乗るという意味があります。且は祖先へのお供え物を捧げる俎です。転じて祖先という意味を持つようになりました。且をつくりに持つ徂という字には死ぬという意味があります。ですので「負且乗」を過失による殺人と解釈しました。

 寇は犯罪や略奪という意味です。楚の国には司寇という役職があり、警察と検察と裁判官を合わせたような仕事をやっていました。乃ち司法権を一手に握る役職です。日本で言えば検非違使のような職です。ですので寇というのはこの場合司法に送るという意味と考えました。

 至には矢を射て、その行き着く方向によって占いをするという意味があります。ですので、これは神占いによる裁判ではないかと考えられます。

 解の本来の意味は牛の角を切り取るです。ですので解而拇とは拇を切り取るという意味になります。身体を傷つけられるのは古代の支那人にとって大変な恥辱なのですが、後ろの罰則よりも軽いので、これは占いで白と判定された場合の罰則と解釈しました。

 後ろには斯(脚を切る)とか、孚(奴隷)にするとか怖い語句が並んでいます。朋(同族)が一番重く、君子(貴族)が一番軽いです。小人(庶民)はその中間。

 私が考えるに、支那でもっとも重要な規範は血縁関係ですので、同族間の故殺が一番罪が重いと判定されたのではないでしょうか。

 罪は士大夫に及ぼさずと言われるように、古代の支那では貴族は不法行為をしても見逃されることがありました(これは今もかな・・・)。古代の支那の刑法というのは庶民の間の紛争を取り締まるための決まりです。

 貴族の刑罰が軽いのは、もともとは政治や権力闘争の過程で起きる不幸な出来事の、報復合戦を抑制するための取り決めだったのではないかと考えられます。雷水解の爻辞で、被告が貴族の場合の罰則が軽いのはそのためでしょう

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