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2011年11月16日 (水)

易経勝手読み(五六)・・・睪火革(沢火革)

十月二十一日

 睪火革(沢火革)は易姓革命の語源となった卦です。革は獣の死体から皮を剥ぎ取り、肉をこそげ取り、灰汁で煮るなどしてなめすことで製造されます。そのため革という字は、工程を経てすっかりと違った状態になることを表すようになったと言われています。

 革の字を体制の変革の意味で初めて使ったのは孟子です。革命という語は睪火革の九四「有孚改命」と「沢火革」を合成してできた語です。孟子はこれを「真心があれば、君主を変更しても良い」と体制変革を正当化する言葉と解釈しました。しかし、孟子以前に革という字を体制変更の意味で使った例はありません。

 私が推測するに、易経に頻出する孚という字は「まこと」ではなく「捕虜」と解釈するべきで、睪火革の後半もまた捕虜に関する爻辞です。すなわち有孚改命は「孚有りて命を改む(捕虜は主君を変更させられる)」と解釈するべきと思います。戦争に負けて国を失った捕虜が戦勝国の臣や兵や奴隷にさせられることを表した句でしょう。

 続く大人虎変、君子豹変も、立派な人は自らの過ちを知れば虎や豹のようにがらりと考えを改めると解釈されてきました。しかし易経で比喩が出てくるときには必ず「如」という助字がついてきます。助字無しで比喩が出てくる場所はここしかありません。それに比喩であれば大人変虎如、君子変豹如という語順になるはずです。大人虎変、君子豹変を比喩として解釈するのは無理があります。

 これは語順通りに大人は虎に変ずる、君子は豹に変ずると読むべきでしょう。といっても怪物というわけではありません。敗戦国の貴族や武人が、虎や豹の毛皮と言った特徴的な装束を着せられたことを意味しているのではないかと考えられます。

 貝塚茂樹は「戦士国家」という論文で、師酉[皀殳]と師虎[皀殳]という金文資料から、周に敗北して周軍に編入された東夷を虎臣と呼んだのではないかと推測しています。大人虎変、君子豹変は、周に降伏した商の貴族(大人)や武士(君子)が、虎や豹の毛皮をまとう戦士として周軍に編入されたことを意味しているのはないかと考えられます。

 孟子が睪火革を革命の卦と考えたのは、王朝の交代によって主君を変更させられるという睪火革の本来の意味が、おぼろげながら戦国時代まで伝わっていて、それを拡大解釈したのではないかと考えられます。

鞏める(かためる)に黄牛の革を用ふ
巳日にして乃ち之を革とす
革に三たび言ひて(ちかひて)就る(なる)
孚有り命を改める
大人虎に変じる
君子豹に変じる
小人は革面する

(主君変更の)盟約を固める呪いは赤牛の皮を用いる
七日かけて革を作る
革を三回叩いて神に誓い呪い(主君変更)が成就する
捕虜は主君を変更させられる
貴族は虎の毛皮をかぶる(神の奴隷となる)
侍は豹の毛皮をかぶる(戦士の奴隷となる)
庶民は革のお面をかぶる(奴隷となる)

 離火には山火賁で見たように飾るという意味がありますので、睪(毛皮)の衣で睪火革ではないかと考えられます。

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