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2011年11月12日 (土)

易経勝手読み(五五)・・・雷山小過

十月十七日

 これはナゾナゾのような卦です。だれが主語なのか伏せられた爻辞になっています。結論に至までの考察は非常に長く、我ながらスリリングであるのですが、これはブログですので先を急ぎましょう。これは周の武王を歌った詩です。

 武王は商を凌ぐ力を手に入れてもすぐには商を滅ぼしませんでした。諸侯に号令して、どれだけの味方がいるのか確かめました。そして三回目にして商を滅ぼすのに十分であると判断し、孟津の渡し場で黄河を渡河し、商を滅ぼしました。雷山小過は商打倒の意志を鮮明にしたが、まだ帝辛(紂王)を滅ぼすには至っていない時期の武王を表す卦です。

 ではナゾナゾを解いていきましょう。前半の四句はこの詩の主語を隠した謎解きです。その人は先祖よりも偉く、その人は立派な母親に遇い、しかし主君にはまだ及ばず、優秀な家臣に出遭ったとあります。

 周は姫発の時に初めて王を称しました。これが武王です。武王は父親の姫昌にも文王と諡しました。武王は周族で初めて王になったので、祖を過ぎるとなります。

 武王の母親は太姒といいます。太姒は姫昌の正妻で、夏王朝の末裔有莘氏の出身です。太姒は姫昌との間に十人の子供をなしました。武王は次男です。周公旦は三男です。長男の伯邑公は伝説では帝辛に処刑されたといわれていますが、古代は長男は神官になる風習がありましたので、それで事績が残されていないのかもしれません。

 姫昌の母親は商王朝の一族だったため(詩経)、姫昌は商に逆らうことはできませんでした。しかし武王の母親は、商王朝よりも古い王朝の末裔ですので、ここで初めて周は商王に対して血統上でも優位に立ちました。ですので、その妣(母)に遇ふとなります。

 しかし、武王はまだ帝辛を滅ぼしていません。王号は自称に過ぎません。だからその君に及ばず、となります。

 武王は周公旦、召公(周の一族だったという伝説もあります)、太公望という名臣に恵まれました。だからその臣に遇ふとなります。

 中段は、諸侯に向背の選択を迫る檄文です。後段は帝辛に待っている敗北の運命です。密雲して雨ふらずがやがて既に雨ふり既に処り(風天小畜)と、完全に条件が整ったとき、ついに武王は孟津を渡河し(睪風大過)、商の帝辛(中孚)を滅ぼしたのでした。

其の祖に過ぎたり
其の妣に遇ふ
其の君に及ばず
其の臣に遇ふ
過ぎざらんか之を防がんか
或いは従ひて之を伐たんか
過ぎざらんか之と遇はんか
密雲して雨ふらざらんや
我は西郊よりす
彼を取ること穴に在り
遇はずして之を過ぎんか
飛ぶ鳥之に離きたり(つきたり)
是を災眚と謂ふ

父祖よりも高い位に就き
母の一族に並ぶ
主君にはまだ及ばない
優秀な臣と出逢う
我が進軍を妨害して商を守るのか
或いは私に従って商を伐つのか
進軍を妨害するのか馳せ参じるのか決めよ
入道雲が集まって
 雨が降らなかったということがあろうか
地の神は西の果てから立ち上がった
商王を捕らえるのは
 穴の中の獲物を捕らえるほどたやすい
私の下に馳せ参じぬ者を
 私が見逃してやると思ってか
トリモチにかかった鳥が逃げられると思うてか
遅れる者には恐ろしい災いが待っているぞ

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