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2011年11月28日 (月)

ジャリンコ・プリキュア

十一月四日

 プリキュア5・GOGO!が終わってからはプリキュアシリーズは見ていないのですが、ブログやツイッターなどで話は追っています。今年のスイート・キャッチプリキュアは敵の中ボスの男と味方の司令官の女が夫婦で、助っ人キャラがその娘という今までになかった設定が大人のアニメファンを湧かしているみたいです。

 「頼りにならない親」というのが物語の後半のテーマになっていて、そこが新しいなとウォッチャーの一人が言っていました。その言葉で気がついたのですが、これってじゃりン子チエじゃないかと思いました。そういや中ボスの男のちょびひげはテツの顔に似ている。助っ人の小学生プリキュアがひねているのもチエを参考にしているのかもしれません。

 アニメーターはいろいろなことを考えているのだなと思った次第。

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コメント

今年のタイトルは「スイート・プリキュア」です。去年が「ハートキャッチ・プリキュア」だったので、2つのタイトルが混じっています。
僕は今年から娘につきあって見ているのですが、実は裏のテーマは「コミュ障」だと思います。
最初にプリキュアになった2人は幼なじみであったが、最初は些細な事がきっかけでいがみ合っていて、仲直りしないとプリキュアになれないという設定でした。
その次に加わったプリキュアは敵からの寝返り組で、唯一の友人に嫉妬したことがきっかけで、カルトに嵌るように敵の幹部になったという設定でした。彼女がプリキュアになってからの話は、しばらくの間脱カルトの過程そのものでしたね。
そしてべっちゃんさんが取り上げている最後のプリキュアは、父親が敵だったので長い間正体を隠し、他のプリキュアに加われないでいました。結局、本人がカミングアウトしたことで父親も改心して、プリキュアの仲間になったのですが。考えてみると、父親が家出して娘も逃げ出したという話なので、家庭の崩壊と復活の話ですね。

なるほどそういう見方もできるわけですか。

じゃりン子チエはコミュニケーション障害とは対極にある作品ですよね(笑)

スイート・プリキュアも完結しましたが、最後はラスボスさえ許して受け入れる結末になりました。おかげで誰も死なずに終わるという、過去のプリキュアになかった展開になりました。
この結末から遡って全体を見直してみると、この作品は「対立していた者達がコミュニケーションを取ってお互いを受け入れる」という展開が繰り返されていたことが分かります。「受容」がテーマの作品だったんですね。

Baatarismさんこんばんは

どこのレビューサイトを見ても、スイート・プリキュアのストーリー性に関しては絶賛の嵐ですね、感動的な物語だったようで、災害続きで落ち込みがちな日本の心を勇気づけた作品として、子供達の記憶に残ることでしょう。

地震によってストーリーが大幅に変更になったらしいですが、作品にとってはむしろ良かったのではないでしょうか。

ただ・・・私はもうプリキュアはもう十分楽しみましたので、今度のも見ないつもりですがね(^ ^;>

そろそろアニメ界も、名作劇場とかとんがり帽子のメモルとか、メイプルタウン物語みたいなほのぼのしたアニメに回帰してほしいですが、興行的には難しいのかもしれません。

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