易経勝手読み(六七)・・・辰はピンク
十一月三十日
易経勝手読みもついに最後の卦である震為雷の解説となりました。なぜ震為雷が最後まで残ったかというと、震の字の意味の解明に時間がかかったからです。
従来は「震」を雷の意味で解釈していました。震為雷は祭祀を行う際の心がけを表した卦であると解釈してきました。しかしそれで満足しないのが易経勝手読みです。古代人は決して心掛けみたいなあやふやなことは言いません。深遠な思想を表現するにも必ず具体的な描写を通して行います。震為雷の従来の解釈は私を満足させてはくれませんでした。
そこで私は「辰」を旁(つくり)に持つ漢字を調べてみました。これは漢字の原意を調べる際の基本的な手法です。旁が同じ漢字は偏が違っても共通した意味を持つ場合が多いのです。兌為澤(兌為沢)で見たように「兌」を旁に持つ漢字には「抜け出す」という共通した意味があります。水地比で見たように「比」を旁に持つ漢字には「覆う」という共通した意味があります。天水訟で見たように「甫」を旁に持つ漢字には「保護する」という共通した意味があります。
辰を旁に持つ字には以下のような字があります。
震:ふるえる、鳴り響く、稲光
振:ふるう
賑:にぎやか
農:農業
辱:草刈り、かたじけない
唇:くちびる
娠:妊娠
晨:明け方
脤:生肉
辰を旁に持つ字を共通する意味によって2グループに分けることが可能です。
「ふるえる・震動」の意味を持つ字
震、振、賑、農(耕す)、辱(草刈り)、娠(胎児)
「薄い赤色」の意味を持つ漢字
唇、晨、脤、娠(赤子)、震(稲光)、辱(神に肉を捧げる)
従来は「辰」が持つ意味は「ふるえる・震動」しか注目されてきませんでした。これについては種々の漢和辞典や字統にも載っている有名な解釈です。しかし辰には「薄い赤色」という意味もあります。唇は赤色ですし、晨は明け方の空の色を意味します。
脤は現代ではほとんど使われることはありませんが、生肉をお供えすることを意味する字です。お供えは通常は火を通したり乾し肉にしたりしてから出すので生肉のお供え物には特別の字があります。
マンガでは稲光は黄色で描かれるので勘違いしている人も意外と多いのですが、稲光の色は本当はピンク色です。これは窒素原子が電離した際に出す色です。大気中に一番多く存在する元素は窒素なので、大気中を強い電流が流れたときにピンク色を発するのです。
では「辰」そのものはこれまでどうやって解釈されてきたのでしょうか。近代の学者は「淮南子」の「ハマグリを研いで草を切る(鎌にする)」という用例を根拠に、「辰」は巨大な二枚貝の象形文字であり、古代の支那では貝殻を農具として使っていた、耕す動作は震動である、だから「辰」を旁に持つ字は「ふるえる・震動」という意味を共通して持つのだ、としています。
しかし「辰」と「ハマグリ(貝)」を繋げる用例は「淮南子」のこの一カ所しかありません。甲骨文にも金文にも「辰」を「貝」の意味で使った例はありません。貝を加工して農具として使った遺物は出土していません。そもそも古代文明の中でも海との繋がりがとりわけ薄い黄河文明で、文明の根本である「農」を貝で表そうとするでしょうか。私は「辰」を「ハマグリ(貝)」とみなし、「農」を貝で作った農具で耕すこととする解釈には無理があると思います。
「辰」という字を「赤色」で使った有名な用例があります。辰星(アンタレス)です。夏に空に上がる蠍座のアンタレスは赤色をしています。辰星は古代の支那では重要な星とされています。大火と呼ぶこともあります。
また「辰」には「時(とき)」という重要な意味があります。田中佩刀によると「農」という字は暦通りに農作業を進めるという、古代以来の解釈の方が正しく、近代になってから出てきた「貝」と繋げる解釈は無理があると言うことなのですが、私もこれに賛成です。
辰が時を表すのは明け方の赤色という意味と、春に子育てをするある生物と関連があります。辰という字の真の意味については次回に解明します。
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