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2011年12月17日 (土)

易経勝手読み(六五)・・・兌為睪(兌為沢)

十一月二十三日

 兌を旁(つくり)にもつ漢字には、説、脱、悦、蛻、税などがあり、いずれも免れるもしくは解放されるといった意味を持ちます。説は結んだ紐をほどくというのが原義で、脱は抜け出すこと、悦は喜びで心が解放されること、蛻は脱皮のこと、税は人身の制約から逃れるための保証金です。

 なぜ兌に免れるという意味があるかというと、兌とはシャーマンが恍惚状態になって神からのお告げを聞いている状態を表す象形文字であるからです。そこから解放されるという意味が出てきます。さらに、神の意見を代弁することから説明という意味が導き出され、人間の魂が抜け出て替わりに神の意志が入り込むと言うことから交換(=兌換)という意味が導き出されます。

 兌為澤(兌為沢)はこれらの兌が持つ意味を列挙した卦です。

和は兌なり
孚を兌する
來を兌する
商は兌なり
孚を剥ぎて引くは兌なり

媾和によって占領状態から解放される
捕虜を解放する
麦を脱穀する
商売は物と物の交換(兌換)である
狩りの獲物の毛皮を剥ぎとって
 引き延ばした状態を兌(睪)と呼ぶ

 和は軍門の前で敗戦国が降伏の儀式を行うことです。孚は何度もふれているように捕虜を意味します。來(来)はもともとは麦を表す字です。穀物は固い殻を取り除かないと食べることはできません。

 商は入れ墨のための針(辛)と祝詞を入れるための口を表した象形文字で、刑罰権が原義です。そこから罪を賠償するという意味が派生し、さらに商売という意味に発展しました。

 最後の「孚于剝引兌」は、動物の毛皮をを作ることを説明した句です。肉から毛皮を取り外すので兌(脱)です。「引」はよれよれの物を型にはめて引き延ばすことを表す字です。そして平べったい毛皮を洗わす象形文字が「睪」に他なりません。ですので、八卦の睪(沢)を表す卦辞としてこの兌が使用されているのだと言えるでしょう。

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コメント

和とか、引とか、商とかあるので、なんか算数っぽい感じかなとか
考えていたんですが、無関係っぽそうですかね。

ちなみに
殷(商)と割り算って関係あるんでしょうか。

武丸さんおはようございます。

それは全く気がつきませんでした。でも面白い解釈だと思います。

「兌」という字の現在まで残っている用法は交換を意味する「兌換」しかありません。また兌をつくりに持つ字には「税」があります。ですので、これは商業のやり方や計算の仕方を表した卦である可能性は十分にあると思います。

その場合は孚(捕らえる)が引き算に、來(麦→一本の房にたくさんの実がなっている)がかけ算なるかと思います。

稲ではなくて麦なのは稲は一本の茎から複数の房が出るので、かけ算のイメージにならないからでしょう。

現在の中国では四則演算として加減乗除を使うようです。和引積商は日本の漢字の用法ですよね。

ですので、日本に商や西周時代の古い漢字の使い方が残っているか、易経を読んで武丸さんと同じように考えた古代の日本人が、和引(積)商を四則演算を表す言葉として使ったのかもしれません。

もしも本にするときは武丸さんのアイデアの方を採用するかもしれません。その時はよろしくお願いします。

あら、ほめていただいてうれしいです。
ガンガン採用してやってください。

和引積商は日本の漢字の用法なんですね。
でも、子供のころから「商」=「割り算」に違和感がありました。
一般に言われる、殷(商)の国の人が、国が滅びた後、
商売人として各国をさ迷い、まわったから「商=割り算」という説には
なんだか腑に落ちないものがあります。
易経からやってきた説のほうがありえそうかもしれませんね。

ぺっちゃんさんの影響をもろに受けて、
易経を自分でもいろいろ根本的に解釈し直してみる楽しさを知ったんで、
ほかのやつもネタを提供してみますね。

麦は二条麦とか六条麦というように、一本の茎に小粒の列が偶数個並ぶ形になっています。これは麦の遺伝的な特質です。

各小粒の列には必ず同じだけ小粒が含まれています。ですのでかけ算のイメージとしてはぴったりと言うことになります。

「商」という字は元々「刑罰権」という意味なのだそうです。古代の刑罰と言えば切断刑なので割り算のイメージとしては相応しいことになります。

易は分かりにくいだけにいろいろな解釈が想像出来て頭の体操になりますよね。わたしは易というのは子供のためのナゾナゾ集だったと考えており、この頭の体操というのは易本来の編集意図に沿った読み方だと思います。

おそらく易というのは元々以下のような書き方だったと考えられます。

兌和孚來商

これだけです。兌がナゾナゾの答えで、和孚來商がナゾナゾのヒントです。

ですので使うときは「和する、孚する、來する、商する、これな〜んだ?」という風に問いかけたのだと思います。

漢文には名詞と動詞の区別がありません。和孚來商をそれぞれ目的語と解すれば私の解釈となり、述語と解すれば武丸さんの解釈となります。両方とも答えは「兌」です。だから多分二人とも正解だと思います。

複数解釈があっても良いのです。それは易がナゾナゾ集として秀逸であることを意味しているのです。

はじめてコメントさせていただきます。
いつも楽しみに拝読させていただいております^^
記事を拝読し知的好奇心が満足する思いです。
ありがとうございますm--m

ぶしつけながら質問をお許しください。

商という字ですが
私は女の内股(女性器のことです)を表すと習いました。
故に商は女性原理国家が出発点であったと。
でもサイとハリがあるので少々懐疑的にも思います。

もしご迷惑で無ければ
この点に関しての講釈などしていただけると
たいへん有難く存じます。
まったくぶしつけなコメントですが
平にご容赦くださいませ。

らいらっくさん初めまして。いつもご覧下さりありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

私は白川静と貝塚茂樹の著作を主に種本にしています。白川静によると、商という字は刺青の針と祝詞を入れる器の象形文字であるそうです。

商で女性による祭祀が重視されていたことは貝塚茂樹と白川静も指摘していたと思います。

商が女性器を表すと言う説を私は知りませんでしたが、一時期甲骨文字の起源を性と関連付ける説が流行っていたというのは聞いたことがあります(郭沫若?)。その説はその流れから出てきたものかもしれません。

白川静の文字学は素晴らしいですが、完璧ではないと私も思います。これまでにいくつか白川静の学説の一分に異議を唱えましたが、まだ他にもいくつか私独自の説があります。私は白川静の学説は、生物や家事や衣類に関する部分に弱点がある印象を持っています。

「商」という字の起源はどうも白川静や貝塚茂樹も十分に解明しきれていないようです。

私の個人的な見解ですが、これまで商王朝→商業という順に文字の意味が変わって言ったとされてきましたが、易経の兌為沢についての皆さんの意見を見ているうちに、もしかしたら商業の方が本来の「商」の意味であり、商王朝の方が後から付いた意味かもしれないと思い始めています。

べっちゃん様

新年早々のお返事 本当にありがとうございますm--m

私も白川博士は尊敬してやみませんが
(足跡が偉大すぎます^^!)
いくつか腑に落ちていない点もあります。
甲骨文字が主に王とその周辺にのみ使用された
場の限られた文字であったので
女性にまつわる関連事項が弱くなるのは仕方ないのだろうなと思います。

商の意味合いもやはり謎の部分ですね^^;
女の内股説は白川博士のように
「こうです!」と言って断定してくれるニュアンスは無かったように思いますが
確か日本人説ではなかったように思います
(記憶があやふやで申し訳ありません^^;)

考えても推測の域を出ないことは解っているのですが
それでもつい商の時代のことに思いをはせてしまいます(笑

ご丁寧なご指南をありがとうございますm--m
これからも記事の更新を楽しみにしております^^

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