易経勝手読み(七三)・・・震為雷の補足
十二月二十一日
ヨウスコウカワイルカは元々20世紀初めの段階で生息数が数千頭と少なかったことに加え、日華事変や国共内戦による混乱があり、そしてその後成立した中華人民共和国が鎖国的な政策をとったため、ほとんど研究が進みませんでした。
そして80年代に中華人民共和国が保護の重要性に気がついたときには既に生息数は数百頭にまで減っていて観察の記録がほとんどありません。人工飼育例は一例しかなく。分かっていることは余りありません。しかし西洋の研究者がまとめた「クジラ・イルカハンドブック」は、その数少ない貴重な観察から支那の研究者が得た知見をのせてくれています。
[特徴]くちばしは細長く、前方でわずかに上を向く。胸ビレは幅広く、先端は丸い。背ビレは低く、形は二等辺三角形である。体色は明色。中国・長江(揚子江)水系にのみ分布する。
[形態]成獣の体長は2〜2.5mである。雄より雌の方が大きい。出生体長は70〜80cm。
外形は他のカワイルカ類と似ている。・・・目は上顎近くの、頭部の高い位置にあって、ひじょうに小さく、退化している。しかし機能はしているらしい。噴気口は1つで、頭頂の中心よりわずかに左にあって、いくぶん四角く、開口面は横裂である。背面の首のしわはほとんどない。
体色は、背側と身体側が淡い青みがかった灰色、腹側が灰色がかった白である。頭部の左右、顎の先、上顎の下半分は明色だが、その他のヒレの部分は青みがかった灰色である。
歯は上下顎の左右それぞれに30〜35本在り、円錐形で、みな同じ大きさである。
[生態]2〜6頭の群れがふつうだが、一時的に10〜12頭の群れを作ることがある。泳ぎは遅いが、力強いと言われている。1〜2分をこえる潜水はまれである。モーターボートで接近するのは難しく、すぐに警戒する。また、船のスクリューによる事故が多く、これが大きな死亡原因となっている。
繁殖についてはわずかしか知られていない。・・・交尾期は4月と5月で、・・・妊娠期間は少なくとも約10ヶ月と指定される。また、泌乳中の個体が9月と12月に発見されている。
回遊は知られていないが、季節的な水位の変化や餌生物の移動に合わせて分布が変化する。
しばしば、泥水中や川底(あるいはその近く)で餌を捕まえ、浅瀬で泥を巻き上げながら索餌しているのが観測されている。摂餌は、夜間あるいは早朝に、餌が集まりやすい浅瀬の砂州の上、川の支流や河口で行われているらしい。ただし、餌として知られているのは、大きな鱗を持ったある種の魚や細長いウナギのようなナマズである。外敵は不明。
[分布と現状]中国大陸の長江水系にのみ棲息する。古い記録は、その大半が洞庭湖とそこに繋がる河川のものであったが・・・流れの速い三峡が分布の上流限であると言われている。
今世紀はじめ・・・宗教上の理由から、地元の漁師がごく稀に捕獲するに過ぎなかった。しかし、油は薬用に、肉は食用に利用された。その後、伝統的な信仰や崇拝はすたれ、捕獲な日常的に行われるようになってしまった。
[混同しやすい種類]分布域が重なるのはスナメリだけで、スナメリも洞庭湖から長江河口と上海までの範囲で見られる。しかし、スナメリには背ビレがないので混同は防げるはずである。
「クジラ。イルカハンドブック」の記述も基本的に私の「震為雷=ヨウスコウカワイルカの生態説」を補強する物であるでしょう。
色についてですが、灰色、薄い青色は水の中では薄いピンク色に見えることがありますので問題はありません。支那で飼育されているヨウスコウカワイルカの写真も、ピンク色に見えます。
ヨウスコウカワイルカのカラー写真1
ヨウスコウカワイルカのカラー写真2
ヨウスコウカワイルカのカラー写真3
ヨウスコウカワイルカのカラー写真4
勿逐七日得
回遊はしないですが、餌を求めて生息域を変化させることが分かっています。そのことでしょう。
震蘇蘇
蘇は字統によると、目覚めるという意味があります。穌[魚禾](蘇から草冠を除いた字)には魚を捕るという意味があります。ですので元々この句は「震蘇穌」で辰(カワイルカ)は早朝に餌をとるという意味だったのでしょう。
蘇という字は語源がよく分かっていない文字なのですが、おそらくこの字そのものが、早朝に活発に動くヨウスコウカワイルカの生態から作られた文字であろうと考えられます。
震逐泥、震往来、震索索、視攫攫
これは泥を巻き上げて餌を探すヨウスコウカワイルカの生態そのものです。
震不于其躬于其鄰、婚媾有言
これもおそらくヨウスコウカワイルカの社会性や子育てのことを言っているのだと推測されますが、惜しむらくは観察例が少ないためよく分かりません。
また、かつてはヨウスコウカワイルカが沿岸住民の信仰の対象であったことも書かれています。文化大革命や近代化によってその信仰が薄れたことは、カワイルカの生存にとって不利に働いたようです。残念なことです。
またカワイルカの妊娠期間は10ヶ月で人間と同じです。このあたりもこの生物が神聖視された理由の一端でしょう。通常のイルカよりは小さいらしいですが、脳も人間と同じくらいの大きさで、人間と同じようなしわがあります。ヨウスコウカワイルカは長江の女神とかつて呼ばれていました。おそらく古代支那人はカワイルカを知能がある生物と考えていたのでしょう。
また、私は古代支那の歴史書や神話に出てくる水神をイルカ、もしくはワニであるという視点で総点検する必要があるのではないかと思います。多くの発見があるはずです。
たとえば白川静の「詩経」には、川の女神を訪ねて川岸を行ったり来たりすると解釈した詩があるのですが、これも当時の淮河や黄河水系にいたであろうカワイルカのことを歌った歌かもしれません。
辰=ヨウスコウカワイルカ、震為雷=ヨウスコウカワイルカの生態という説はほぼ間違いがないでしょう。
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