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2012年1月15日 (日)

童の語源

十二月二十二日

 易経勝手読みの原稿を執筆していたら四番目の山水蒙のところで引っかかってしまいました。以前書いた山水蒙の説に不十分な点が多々あったからです。昨日の夜は山水蒙の再検討に暮れました。

 蒙を解明するにあたって、童という字の原義を解明する必要性が出てきました。童は蒙を解明する鍵になるからです。童というのは従来の説では、奴隷を意味すると言うことになっています。奴隷は髪を結んでおらず、それが子供を連想させるからだそうです。しかし私が見た範囲では童を奴隷の意味で使った用例はありません。

 童の字はできたときから「子供」の意味で使われているのです。

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 甲骨文字では童はどのような形をしているのでしょうか。とても複雑な形をしています。辛(針)+目+東(袋)+土です。従来は辛を奴隷の入れ墨と結びつけて解釈してきました。東は袋を意味するとされています。袋がどうして「ひがし」を意味するのが不思議ですが、甲骨文字で東を含む字には量と重がありまして、確かに両方とも「満杯の袋」の意味で東が使われています。童は入れ墨をされた奴隷が重い袋を背負わされているのだと解釈されてきました。

 しかし童が奴隷の意味で使われたことはありません。

 童を含む字として瞳(ひとみ)があります。これはわかりやすいです。子供は瞳が大きいからです。では童も元々瞳という意味だったと考えてみてはどうでしょうか?童という字には「目」が含まれているのですから!

 眼球は液体が詰まった袋です。眼球を納めたまぶたもまた袋になっています。瞳は眼球にあいた針穴のように小さな穴です。だから辛(針)+目+東(袋)で瞳なのです。土はおそらく「満杯」を意味する符号でしょう。山水蒙のところで説明しますが、春秋戦国時代には童は子供と瞳(のぞき窓・採光のための窓)の両方の意味で使われていたと考えられます。

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