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2012年1月16日 (月)

方角を意味する漢字の語源

十二月二十三日

 さて量は満杯の袋の上に計量カップで「はかる」です。重は満杯の袋を手で持ち上げている状態です。童は眼球や瞳のことです。ではなぜ袋で東なのでしょうか。従来の解釈では東は音を使ったにすぎず方角と東という字の間には連関はないとされてきました。

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 しかし北と南には方角と字の間に若干の連関があります。北は背を向け合うという意味なのですが、寒い=逃げる=北という繋がりがあります。商は東方の夷系民族の上に君臨していましたが、商王朝自身は北方の騎馬民族だったらしいと言われています。商王朝は遊牧民に弱くて何度も逃げ回って遷都をしているのですが、自分たちが逃げてきた方角なので「北」なのでしょう。

 南は太鼓という意味なのですが、南方の苗族は太鼓を打ち鳴らす特徴があります。かつて苗族が住んでいた商の南方では大きな太鼓も出土しています。南方の苗族=太鼓=南です。

 東という字は甲骨文字では東に住む人を指しています。東方の異民族は商では夷方、人方、東方などと呼ばれ、生贄にされることが多かった南方や西方の異民族よりも好意的に扱われています。甲骨文字の記録の中でも商に朝貢しており、戦った記録はあまりありません。しかし最後の帝王の帝辛(紂王)は東方の民族と戦争を起こし、商を弱体化させてしまいました。

 この夷系民族というのは日本人の核となった人達の一部ではないかと言われています。商や西周に圧迫されて海を渡った人達が弥生文化を創ったと推測されています。

 日本人と中国大陸や朝鮮半島の民族は外見がよく似ていますが、日本人は比較的目が大きいことが知られています。テレビや町中で最近アジア人を見ることが多くなりましたが、北方の民族と日本人やインドシナの人達の違いは目の大きさにあります。人間はまず目を見ますので、この違いは文字通り目につきます。

 少し飛躍しているかもしれませんが、東とは元々「瞳」のことであり、夷系民族の大きな目を意味していたのではないでしょうか。



 西は目の粗い籠という意味の字です。栖は鳥の巣のことです。洒は網の中に服を入れて川に浸して洗うという意味ですが、西については私もまだ意味がよく分かりません。

 易経勝手読みで何度か書いているように古代支那にはユダヤ人、もしくはバビロニア人が来ていた可能性があります。籠目(ダビデの星)はバビロニア人のトレードマークでした。ダビデの星を使った民族を古代ユダヤ人に限定する必要はないのかもしれません。

 火沢睽に残っているイザヤ書の冒頭部も、必ずしもイスラエル王朝にいたであろう神官のイザヤの著述ではなくバビロニアの神に捧げる祝詞だったのかもしれません。そう言われてみると、イザヤ書はまず冒頭に神に反逆した信者が罰を受けることと神がそれでも信者を見捨てないことを歌った詩が出てきた後に、神官のイザヤが神からの預言を受けたエピソードが続きます。

 これはイザヤ書の冒頭が元々神官のイザヤの著作ではないことを意味しているのかもしれません。イザヤ書の著者は通常3人いると言われているのですが、イスラエル王朝の神官であった第1イザヤの前に、バビロニアの詩人「第0イザヤ」がいたのではないかと思います。

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 一見意味が分からないからといって全て「仮借(音を借りてきた)」で漢字の語源を説明するのは拙速です。漢字には必ず合理的な意味があります。「古代人なめんな!」って感じです。

 また別に考察するつもりですが、以上のように商王朝はかなり遠方とも交易していたと甲骨文字から考えられるので、「商」という字は最初から商業という意味だったと考えて良いのではないかと思います。

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