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2012年2月11日 (土)

電波経済学三度(一)・・・儲けとはエントロピーの排出

 仕事で経済学のことを知る必要があったので無手勝流で勉強していたら、どうもこれは学生時代に勉強した熱力学に似ていることに気がついた。それを文系の知り合いに問いかけてみたら、マクロ経済学は熱力学を参考にして理論化されたと答えが返ってきたので感想はあたっていたのだなと意を強くした。

 人間は炭化水素を吸収して燃焼する熱機関であるし、人間社会全体も主に太陽エネルギーと化学エネルギーを利用する熱機関と言える。太陽エネルギーは食糧をつくり、水を循環させてくれる(個人的には地球核の放射熱がもっと評価されても良いと考えているが)、化学エネルギーとは要は石油のことで石油がないと近代文明が成立しないのは自明。

 人間社会を解明するには少なくとも太陽と地球それと月までを含めた熱機関として理解する必要があるが、分からないことが多いので、エネルギーの動きをお金で代替させたのがマクロ経済学と自然科学の視点からは位置づけできる。

 応用ではなくてパロディーと言ったのは、経済学者が自分たちのやっていることは熱力学の派生に過ぎないのに、そのことに気がつかず、更に熱力学的にあり得ないことを平気で口にしているから。経済学者は熱力学を勉強した方が良いと思う。

 熱力学を経済活動に当てはめた場合、熱に当たるのがお金、これは理解しやすい。

 そして熱以外のエネルギー(単純化するとポテンシャル)にあたるのがストック。これも少し考えれば納得がいくと思う。

 しかし熱力学で熱以上に重要な概念がエントロピーであるが、これは科学者でも間違いやすい概念であるだけに、文系の人はなおのこと誤解しやすいと思う。

 経済活動でエントロピーにあたるのは債務である。

 エントロピーは熱機関を動かした結果発生する物理的な量で、熱機関を動かす前と後では必ず増加する。半永久的に得られるエネルギー源(太陽光や地熱など)から仕事だけを取り出して、熱機関を動かす前と後で環境の変化をなくすことが可能であれば第二種永久機関は可能であるがそれはできない。

 熱機関を動かすとエネルギーが消費され仕事が得られるがエネルギーは全ては仕事に変換されずに廃熱となって環境に発散される。熱というのは質の悪いエネルギーであるので、熱機関を動かす前と後では環境全体のエントロピーは増加する。

 これは人間社会の経済活動に非常によく似ている。

 原料(=材料は物質なので化学エネルギー+それと設備を動かす熱エネルギー)と設備(=ポテンシャル、人件費も含める)を使って生産物(=仕事)を得る。その結果として生産物が得られる。生産物には原料費と設備の損耗量と儲けがプラスされる。

 生産物の価格=原材料費+設備の損耗量

 であれば、これは第二種永久機関であるがこれは熱力学的にあり得ない。すでに生産活動の過程で設備を動かすことで、熱エネルギー以外のポテンシャルが減り廃熱が生じているので、環境全体としてはエントロピーが増加している。

 生産者は発生したエントロピーを外に排出しなければ、熱や廃棄物に埋もれて生存ができなくなる(熱機関を動かすことが不可能になる)。そのため、生産物に増加したエントロピーを付着させて、消費者に売ることになる。

 これが儲けである。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

「ケインズは彼の死後にケインジアンが用いるようになるマクロ経済学や計量経済学には極めて批判的であった」
2月11日 » Koj_Sasaki ヨハン・セバスティアン・エコハ

「ケインズは、自然科学とは異なり経済現象は単純な性質の有限個の組合せでなく、無限の多様性と複雑性を有するとみなしている」

「あるモデルをたてることの狙いは、一時的ないし流動的な諸要素と比較的恒常的な要素とを分離し、そうした半恒常的な要素についての論理的方法を展開することです」

「経済学がそうであらねばならないのは、典型的な自然科学とは異なり、極めて多くの面で時間を通じて斉一的ではない事象を扱うという性格を有しているからです」

「経済学とは、その社会に適合するようなモデルを選択する技術であるとともに、モデルを用いた思考の科学です」

「私が思うに、経済学は論理学の一分野なのだか、あなたはそれを疑似的な自然科学としてしまうことに十分にしっかりと拒否の姿勢を示していません」

「ケインズとハイエク 貨幣と市場への問い」(松原隆一郎)にハロッズへのケインズの手紙が引用されている。

 タイミングよくこういうツイートもありましたので、載せておきますね。

保守系左派さんこんにちは

そのツイットは経済学者の独りよがりのような気がしますね。論文の中で辻褄が合っていればいいんだ、それが現実に適合しなくても俺の責任じゃないんだとしか聞こえませんね。

儲けとか剰余とか搾取とかいうと聞こえが悪いですがおそらく儲けというのは、人間社会がまだ顕在化できていない、人間活動による環境の損耗なんでしょうね。

人間活動によって、人間も疲弊するし、環境も疲弊するし、貨幣流通量が増えるほど通貨も質が下がって疲弊する、このコストを生産物に載せないと環境の損耗を完全には回復ができない。

しかし、どこが損耗したのかまだ人間は正しく把握できていないので、本来取るべきではない人の所へその儲けが行ってしまう。それが搾取なんでしょうね。

福祉や公共事業というのは、政府によってその環境の損耗を取り戻す努力ですよね。

今の日本のように物の値段が上がらない状態は、日本の中に蓄積している損耗を取り戻す努力を放棄していることと同じですから、人間がすさむのでしょう。

お客様のために値下げをするというと聞こえはよいですが、それは環境に与えた損耗を知らんぷりする行為ですね。ただしそれは社会全体としてやらなければならず、一事業者が値上げをしたとしても、その事業者が市場から排斥されるだけなのが難しいところですが。

今気がつきましたが、メディアの社会的な役割は「顕在化されていないコストを見える化する」ことなんでしょうね。

エントロピーと情報は等価ですが、正しい情報(社会におけるエントロピーの分布)を社会全体に提供することによって、社会から正しくエントロピーを排除させることがメディアの熱力学的な存在意義なのでしょう。

しかし今の日本ではメディアは積極的にエントロピーの存在を隠す側に回っています。

配分するべき富を横取りしているのは行政だとメディアは主張していますが、これが嘘だからいつまでたっても日本経済は健全にならないんでしょう。

 べっちゃんさん、こんばんは。
 適切なコストの算出と転嫁は本来は社会全体が利益を受けるためには事だったのでしょうけど、現在のコスト削減は利益確保というより社会の損耗の促進でしかないのは何故なのでしょう。
 エントリーを拝読して浮かんだのが、過去の日米貿易摩擦時に問題になった、日本企業によるダンピングでした。その後遺症という面が強い感じを受けましたけど、誤読でしょうか?
  

日本のような先進国では第一次産業と第二次産業で雇用を確保するのは無理でしょうね。付加価値を上げることによる、売り上げの増加は今後も続くと思うのですが、製造の雇用が海外に流れるのは避けられないでしょう。

農業も大型化の方向に進むでしょうから雇用は減るでしょう。日本の食品に対するニーズはアジアで非常に高いので、輸出産業としての農業の未来は明るいと思うのですが。

70年代に田中角栄の列島改造論が問題になったときに、サービス業を国策の中心に据えずに排除してしまい、サービス業に国政への発言権を与える代わりに国民生活に責任を持たせることに自民党は失敗しました。

同時にサービス業の労働者を組織化することに社会党は失敗しました。

多分製造業で貿易黒字をあげ続けないと、食糧が輸入できなくて、日本が飢えるという経済学的には誤った認識が邪魔をしたんだと思います。

その結果として製造業が国内で際限なくコストを下げ続けることが正当化されてきたというのはあるでしょうね。

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

ありがとうございます。

最近は政治経済に関する記事はあまり書いていませんが、気が向いたら寄ってやってください。

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