奇妙な震災瓦礫問題
三月五日
野田政権の震災瓦礫の域外持ち込み(受け入れではなくて持ち込みですね言葉は正しく使いたいものです)問題が紛糾している。この問題には腑に落ちない点がいくつかある。
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三月五日
野田政権の震災瓦礫の域外持ち込み(受け入れではなくて持ち込みですね言葉は正しく使いたいものです)問題が紛糾している。この問題には腑に落ちない点がいくつかある。
爻辞の執筆は64卦完了しました。
占いの方も一卦一行の簡略的な物になりますが、私なりの解釈をつけた一覧表をつけることができそうです(本当は六爻全部占いの新解釈をつけたかったのですが、此は次回作に回します)
挿絵を描き、何とか5月5日のCOMITIA100には間に合わせたいと思っています。
この二つの法律が通らないことが野党と小沢派の責任にされていますが、そもそも両者の抵抗がなくても両方年度内に通ったかどうか怪しいのではないでしょうか。予算は審議日程のことを考えて提出しているとは思えませんし、消費税だってまず政府案がまともにできていない。
自民党や小沢派がやっていることは激しい抵抗と言うほどのものではありません。予算と増税は大事なので、あれくらいの異議が出るのは普通です。野党は通常の範囲内で異議を唱えているだけで、これまで審議拒否とか牛歩とかはやっていません。去年の予算審議と比べれば平穏なくらいです。
それでも法案の用意すらできないこの政権には、政権担当能力がないと思います。
二月二十九日
風沢中孚までできました。易経勝手読み書籍版はなんとかCOMITIA100(5月5日東京ビッグサイト)には間に合いそうです。
風沢中孚を精密に分析した結果、二つに分離することができました。一方は秘密ですが、一方は武丸さんが推測した通り、タンチョウヅルの生態に関する卦でした。
本にするにあたって検証し直した結果、かなりの卦に修正が入りましたが、よりしっかりした内容になったと思っています。
ただこれから挿絵も描かなければならないので、もうしわけありませんがべっちゃん流占い解釈の方は今回は割愛します。占いの方は別の機会にさせてください。
今回は易経を純粋に、殷から周にかけての古代中国の風物が記録された古典として解説した本にすることにします。
占いのテキストとして利用したい方は私の解釈を手がかりにして、自己流で楽しんでください。
二月二十五日 【彼岸の入り】
なんども言うように、佐渡の人には悪いが、本当にトキを自然に帰したいのなら、暖かくて餌が多い南の地、東海とか紀伊半島とか四国あたりで放鳥をするべき。言っちゃ悪いが、佐渡みたいに厳しい自然に放したって増えるわけがねえじゃん。
佐渡に最後までトキが生き残ったのは佐渡がど田舎だったからと言うだけであって、佐渡がトキの生存に適していたからじゃねえだろ。
中国の大連の動物園では動物が「肥満だろ」って言うくらい太っていた。学者に言わせれば自然から到底離れた環境で飼う中国のやり方は良くないのかもしれないが、しかし中国は絶滅寸前の生物の繁殖に成功を続けている。
おそらく繁殖に必要なのは栄養なのだろう。環境とか訓練ではなかろう。バンバンタンパク質を食わせれば、精液も卵子も出て、卵も産めるし、子供を育てる体力も出るだろう。
日本の生物学者はおセンチな自然保護派止めて、本当にトキやコウノトリを増やすためには何が必要か考えるべきでしょ。
二月二十四日
最近の政治家や官僚は昔と比べてIQはとても高そうな気がするんだけれど、物事をマニュアルにとらわれずに徹底的に考えることと、対立を恐れず意見を戦わせる点において欠けていると思う。政治家や官僚に必要なのはそれであってIQなんかどうでも良いと思う。
議論の議は妥協点を探るのではなく、不利益になってもかまわないので正義を追求するという意味の漢字。利害の調整をする話し合いを日本語で言うと議会ではなく寄合。日本で議会制が行き詰まるのは、パーラメントの訳語に議なんか使った福沢諭吉の責任。かっこつけずに寄合と言えば良かったんだよ。
まず名を正さんかな、ただの漢字とバカにする勿かれ、漢字は一字一字が意味を持っているので、不用意な漢字を使うと、言葉が人の心を支配するのだ。
てなことを火山旅の原稿を書きながら思いました。
放射能を含んだ食品の危険性について、私はそれほど恐れる必要はないと思っていますが、心配な人が避けようとすることを糾弾するのはおかしいと思います。
放射能がどれくらい危険かは、狂牛病と比較すればすぐに分かります。
狂牛病が人間にうつったと疑われる事例は、英国人6千万人が狂牛病に感染した可能性がある牛を10年以上食べ続けて一人(それも本当に伝染かどうかかなり疑わしい)にすぎません。6千万分の1です。
それに対して、福島から飛散した程度の放射能を浴びたり、食品を食べることによって、数十万人に1人の割合以上で癌が発生することは、どんなに放射能の危険性を過小評価する学者も否定しません。数十万分の1です。
福島の放射能の危険性はおおざっぱに見積もっても狂牛病の100倍以上です。
従って福島県の農作物を食べるくらいならば、英国の牛肉を食べる方が安全です。
私はまず狂牛病は全然騒ぐに値する病気ではないと言うことと、放射能で汚染された地域の農作物は東京電力が全て買い取って処分するべきことと、生産者の都合だけで6千万人に1人しか死なない狂牛病は危険だと言ったり50万人に1人死ぬかもしれない福島の放射能は安全だと言ったりするあやふやな行政の基準を直すべきことを主張したいです。
二月十四日
人件費を下げるということはそういうことでしょう。特に公務員は力仕事が少ないので、高齢者を低い給与で雇い直し、新規採用を減らすのが手っ取り早いです。
しかしこれでは若者の雇用は改善されません。土台経済成長抜きに若者の生活が改善されることはなく、経費削減されても既得権益を持つ中高年が保護されるだけです。
国がお金を使わなければ困っているところにお金が回るようになるという認識が誤っており、国は困っているところにお金を回すようにしなければなりません。国はお金を使わなければなりません。
国が無駄遣いをしているのが問題なのではなく、金を欲しい人の所に回さず、なんだかんだで予算も使わせようとしなかったり、別に今更お金が必要なわけでもない恵まれた高齢者に更に追い銭を与えていることの方が問題です。
お金を使えば、許可した官僚に責任が生じます。90〜00年代にそうやって判を押した官僚が何人も処罰されてしまいました。これに懲りてしまった官僚は自己防衛のために、いかにして金を使わないかという方向で仕事をするようになりました。財政再建運動は官僚側にも動機があります。
責任を回避し、なおかつ剰余金が特別会計に回すことができます。
政府はお金を使ってはいけない、という考えにとりつかれている限りここから抜け出すことはできません。
二月十一日
津波の高さは確かに学問的には沖合の海面上昇で表すのが正しいのだが、防災上必要なのは遡上高。だから地球物理学者の言い分を信じて、3月11日に高さ6mと報じた気象庁に罪はない。責任は自らが負っている防災の責務を忘れた地球物理学者にある。
気象庁に集まっているのは、大学に残れなかった連中なんだから、学者の言い分に異議を唱えられるはずがない。地球物理学者は今回の被害に関してもっと責任を感じなくちゃダメだ!
地球流体力学は温暖化でミソをつけた、地球固体力学は東日本大震災でミソをつけた。地球物理学者はこのままでは社会に害をなす存在になる。
二月十日
もう誰もが忘れてしまったダイオキシン。動物によっては青酸カリよりも強い毒性を示すとして大騒ぎになり、お陰で高性能な焼却炉が普及したり、会社や学校の焼却炉が減ってゴミ回収業者が潤ったりしたのですが、ではなぜ人間だけダイオキシンに強かったのでしょうか。
多分話は簡単で、人間は数十万年前から火を使っています。その間にダイオキシンに強くなるように進化したのでしょう。たき火ぐらいで癌になる人は、北京原人の時代にとっくに淘汰されているはずです。
昔はどこの家にもかまどや暖炉があったのですから、ダイオキシンくらいで人は死なないことはちょっと考えれば分かりそうなもんですが。
ダイオキシンよりも毒性が高いのはおそらく未燃カーボンで、こちらは有機物なので人間は体内に取り入れてしまいますので寿命を縮めるはずです。私は石綿やタバコよりも、自動車から排出される未燃カーボンの方が問題であると思っています。
おそらく近代以前に人の寿命を一番縮めていた原因は、屋内のかまどや暖炉から排出される未燃カーボンです。先進国で寿命が延びているのは、ガスと電気を使うようになり、自動車の排気ガスも改善されて未燃カーボンを吸う機会が減ったからです。
人間が花粉にアレルギー反応をするのは、免疫系の一番大きな仕事が未燃カーボンの除去だったからです。だから未燃カーボンが環境から無くなった今、同じ粒径の花粉に過剰に反応するようになったのです。
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