詩経勝手読み(三)・・・采薇
三月三十日 【穀雨】
玁狁の文字が間違っていたので修正。
采薇は詩経の中でも最も美しい詩とされています。従来の解釈では、これは玁狁という遊牧民の侵入によって、西周が衰亡したことを嘆いた歌とされてきました。美しい憂国の情というわけです。いかにも朱子学らしい解釈です。
采薇に何度も出てくる薇は「わらび」と解釈されてきました。遊牧民の侵入によって、田畑が荒れて人々は蕨(わらび)を食べることを余儀なくされたことを嘆いているというわけです。
しかしお気づきの人もいるでしょうが、薇の本来の意味は漢文の中でも薔薇(イバラ)です。そうでないと第一聯から第三聯にかけて出てくる「止」や、第四聯の「華」、そして第五聯の「棘」が理解できません。
薔薇は女性を連想させます。
さらに玁狁(けんいん)にも検討の余地があります。
易経の時同様に、意味が分かりにくい漢字があったら単純化すると真の意味が見えてきます。玁狁から獣偏を取り除くと厳允になります。
楷書だけ見ていたら想像がつかないでしょうが、厳の金文体には帚(ほうき)が含まれています。敢や厳は多数の口(器)、帚、手、籠(ちりとり)を組み合わせた字であり、祭壇を箒できれいにするというのが原義です。
玁狁は元々は厳充であり、「厳かにし誠意を表す」と読むべきで、整った祭壇を表す句です。
帚が含まれた有名な字は「婦」です。婦とは正妻を意味する漢字です。妻の最も大事な仕事は、家の祭壇をきれいにし、お供えをして家族の安寧を祈ることでした。
そうです、采薇は嫁取りの歌です。
なんでも嫁取りにするな、お前が結婚したいだけやろ!とかいわれてしまいそうですが、これは間違いなく若い男がすいた女性に結婚を申し込む歌です。結婚を申し込み、馬車で女性をお迎えする詩であり、最後の第六聯は年老いてから連れあいの死を嘆く歌です。
采薇は、遊牧民に対する怨みがこめられている故に美しいのではなく、人間の素朴な愛情を歌った詩であるからこそ美しいのです。いくら後世の中国人が遊牧民に苦しめられたからといって、この美しい詩を憎しみで汚すことはいただけません。
第三聯に四牡からの引用があるので、この詩に歌われている男は辺境で防人についていると考えられます。第一聯から第三聯までは、故郷に残してきた許嫁(いいなづけ)を懐かしむ詩です。
第一聯ではバラは二人の間の往き来を止める象徴として扱われており、出逢ったばかりの頃の二人を表しています。第二聯ではバラは簡単に乗り越えられる物(柔止)として扱われており、二人が気持ちを確かめ合うまでを表しています。
第三聯ではバラは二人をつなぎ止める象徴(剛止)として扱われており、婚約した二人が、遠く離れていても気持ちが繋がっていることを表しています。
第四聯と第五聯は少し様相が異なっていて馬がテーマになっていますので、これは水雷屯同様に馬車でお嫁さんを迎えに行くシーンです。
そして第六聯で年老いてから若い頃を回想しています。
では采薇の新解釈をお楽しみください。
采薇采薇 バラを摘んであの人に捧げよう
薇亦作止 イバラがあの人と私の間をふさいでいる
曰歸曰歸 さあ懐かしの我が家へ帰ろう
歲亦莫止 歳月は止まることがない
靡室靡家 部屋を清め、家を清めるのは
厳允之故 祭壇を厳かにし誠意を表すためである
不遑啓居 家の戸をなかなか開けないのは
厳充之故 祭壇を厳かにし誠意を表すためである
采薇采薇 バラを摘んであの人に捧げよう
薇亦柔止 もう少しでイバラを踏み越えられる
曰歸曰歸 さあ懐かしの我が家へ返ろう
心亦憂止 心はじっとしていられない
憂心烈烈 あの人に会えなくて心が燃えさかる
載飢載渴 飢え乾くように苦しい
我戍未定 私はまだ独り立ちできてはいないけれど
靡所歸聘 家を磨いて妻を娶って帰ろう
采薇采薇 バラを摘んであの人に捧げよう
薇亦剛止 イバラの蔓はしなやかで強い
曰歸曰歸 さあ懐かしの我が家へ帰ろう
歲亦陽止 時間よあの人の心を止めてくれ
王事靡盬 防人として砂漠に遠征するときにも
不遑啓處 許嫁のあの人は祭壇の掃除を怠らなかった(私の安全を祈ってくれた)
憂心孔疚 戦地で私の心は憂えおおいにうずいた
我行不來 幸い戦いに遭わずに無事帰ってこられた
彼爾維何 あなたに何を結ぼうか
維常之華 絶えることなくあなたの髪を花で飾ろう
彼路期何 家の前の道で待っているのを見てごらん
君子之車 それは立派な馬車
戎車旣駕 西方の珍しい馬車が準備されている
四牡業業 四頭の馬がそろっている
豈敢定居 いつまでも実家にじっとしていることはない
一月三捷 私が防人だった頃は一ヶ月に三回も移動したんだ
駕彼四牡 四頭の馬を操り
四牡騤騤 四頭の馬が整然と走る
君子所依 一人前の男にしかできないことさ
小人所非 もう私はつまらない男ではない
四牡翼翼 四頭の馬は空を飛ぶよう
象弭魚服 象牙の弓に、魚の鱗のように輝く服(結婚衣装)
豈不日戒 日取りをいちいち選ぶ必要なんてない
厳充孔棘 厳かで誠意を込めたイバラの束を捧げるには
昔我往矣 昔私があの人に結婚を申し込んだときには
楊柳依依 髪の毛は柳のように長く緑でしなやかであった
今我來思 今昔を思い出す私は
雨雪霏霏 髪の毛が雪のように白くボサボサである
行道遲遲 ゆっくりと人生を重ねてきた
載渴載飢 乾くときも飢えるときもあなたは共にいてくれた
我心傷悲 私の心は(あなたを失って)嘆き悲しむ
莫知我哀 私の悲しみは誰にも分からない
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