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2012年6月30日 (土)

詩経勝手読み(二四)・・・甫田

陰暦 五月十一日

 甫田も信南山同様に秋の実りを祝う詩です。そして私は一歩進んで、これは伝説上の王である帝舜を讃える詩でもあると思います。

 舜は伝説上の帝王で、堯から帝位を譲り受けたとされています。冀州(山西省)の生まれで、農業と漁業と陶工の神様です。舜の神話の特徴は、継母と義理の弟によるイジメです。

 舜の実母は早くに亡くなり、後妻によって育てられました。後妻とその連れ子の象は、財産を独り占めするために舜を殺そうと、次々と舜を陥れようとします。あるときは家に閉じ込めて火をつけて焼き殺そうとし、またあるときは穴の中に生き埋めにしようとしますが、その都度舜は機転によって切り抜けます。

 これは大国主命・日本武尊・ヘラクレス(ギリシャ神話)・ヨセフ(旧約聖書)など英雄型神話に見られる典型的なパターンです。英雄は兄弟や義理の親などによって陥れられますが、その都度愛する女性や動物やあるいは自らの怪力などによって切り抜けます。英雄を襲う困難は、火や水や土に関する物が多いため、これらは鍛冶・地水・土器造りを象徴しているのではないかと言われています。これら文明の力全てを兼ね備えた英雄こそ支配者に相応しいというわけです。

 舜の物語でも堯は実の娘二人を舜に嫁がせます。堯の娘は舜の誠実な人柄に感化され、帝王の娘という身分を誇ることなく、舜に仕えました。堯は舜の人柄に惚れ込み、舜のすむところ、人が集まり市をなしたので、舜に帝位を譲りました。

 儒教の影響で、舜の物語は淡泊な話になってしまいましたが、おそらく元々は世界各地の英雄物語同様に、美しい女性を手に入れるために戦ったり、その女性の助けで困難を切り抜けたり、お供の動物の助けで戦いに勝利したりというようなロマンスとファンタジーにあふれたものだったと推測されます。

 舜は39年間国土を治め、南方への巡遊中に蒼梧の野で崩じて、江南の九疑山に葬られました。春秋時代に江南の陳という国が舜の子孫を称しました。

 私が甫田は舜の詩であると推測する根拠は、第一聯に陳と薿という字が出てくるからです。この2文字は舜を連想させます。そして第三聯に畯という字が出てきます。畯は田地を取り締まり、観農(農事を奨励)する役人を表すとされています。舜と畯の読みは非常に近いです。

 舜は山西省で生まれ、江南で死んだことになっています。生地と死没地がかなり離れています。しかも古代の江南は中原から見れば僻地です。なぜそのような伝説が生まれたかというと、おそらく山西には舜という神様がいて、江南には夋という神様がいて、この二つの神様の神格が似ていたのでやがて習合したのでしょう。

 中国には踆烏という言葉があり、太陽の中にうずくまっているという三本足の烏を表します。八咫烏です。[鳥夋]で金色をした雉の金鶏を表します。また「夋」という字には「うずくまる」という意味と「速い、伸びる」という相矛盾した意味があります。これらから推測される「夋」の原義は太陽です。

 太陽は地の底から上って天上にたどり着きます。低いと高いの両方の要素を持っています。山西の舜には力持ち・陶工という要素がありますが、江南の夋は太陽神だったのでしょう。そして陳が中原の文化を受け入れる過程で、舜と夋が同一であるという信仰が広まったのではないでしょうか。舜の神格は出雲神話の大国主命によく似ており、夋の神格は神武天皇によく似ています。私はこれは偶然の一致以上の何かがあると思います。

倬彼甫田 大いなるあの一面に広がる苗代は
歲取十千 一年で十倍にも千倍にもなる稔りをもたらす
我取其陳 あの並んだ苗を取って
食我農人 百姓を養おう
自古有年 我はいにしえより
今適南畝 田の南を進み(太陽)
或耘或耔 草引きをし、苗の根本に土をかけ
黍稷薿薿 穀物を育ててきた
攸介攸止 土を掘り、寄せて畝を作り
烝我髦士 小さな子供(苗)を田に植えよう

以我齊明 清らかで明るい
與我犧羊 犠牲の羊を我に与えよ
以社以方 社にお供えを捧げれば
我田既臧 田に稔りがあり
農夫之慶 農夫はよろこぶ
琴瑟擊鼓 笛を吹き太鼓を打ち鳴らし
以御田祖 田の神に祈る
以祈甘雨 祈れば甘雨がもたらされる
以介我稷黍 雨よ我が作物を潤わせ
以穀我士女 我が一族を養え

曾孫來止 天孫が至れば
以其婦子 村の娘たちは
饁彼南畝 お弁当をお薦めする
田畯至喜 夋の子孫はよろこばれ
攘其左右 田を左右にくまなく見て回り
嘗其旨否 作物の出来不出来を調べ
禾易長畝 育ちが良く充分に収穫があった田から
終善且有 祖(年貢)をお受けになる
曾孫不怒 天孫は柔和で
農夫克敏 百姓は働き者

曾孫之稼 天孫の家は
如茨如梁 茅葺き屋根と太い梁(はり)
曾孫之庾 天孫の倉庫は
如坻如京 急峻な屋根と高床を備えている
乃求千斯倉 千の倉を求め
乃求萬斯箱 萬の俵を求める
黍稷稻梁 黍稲あわの収穫は
農夫之慶 百姓の喜び
報以介福 福が広く行き渡り
萬壽無疆 万年絶えることのないように

 この詩には農夫と曾孫が登場します。両者を同一と考えることもできますが、第三聯で「曾孫不怒、農夫克敏」とありますので、両者は別々と考える方が自然です。

 第四聯では曾孫の立派な家を褒め称えていますので、曾孫は支配者であると考えるべきです。第三聯の「田畯至喜」から、田を見回って検知をする夋と曾孫が同一であることが分かりますので、曾孫とは太陽神夋の子孫、即ち天孫と見なすべきでしょう。

 第四聯は天孫の家と倉庫を褒め称えていますが、茨には茅葺き屋根という意味がありますので、「如茨如梁」は茅葺き屋根と太い梁を持つ日本の古民家の構造に近い建物で、坻とは坂で京とは高い門ですので「如坻如京」とは高床式倉庫です。第四聯から想像される光景は、四川や江南、東南アジア、そして古代日本で一般的な農村風景です。

 甫田も谷風に引き続き、東夷の詩であることは明白です。しかも信南山や楚茨よりも更に日本に近い文化を持つ人達の記録です。甫田に表現されている統治は、中原の苛烈な管理・支配・収奪の関係よりは、日本のように上の者と下の者が和気あいあいと暮らす緩やかな支配に近いと言えるでしょう。

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

株の売買さん、ありがとうございます。

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