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2012年6月 6日 (水)

詩経勝手読み(十六)・・・谷風

陰暦 四月十七日

 節南山十篇は難解であるので飛ばして谷風十篇を先に分析します。

 谷風は長年連れ添った夫に捨てられた老婦が夫の不実をなじる詩とされてきました。けれども、この詩のどこを探しても、捨てたのが男で捨てられたのが女だとは書いてありません。

 それどころか、第一聯の末には「女転棄予」とあり、通常この「女」は「なんじ(汝)」と読むのですが、わざわざなんじに「爾」を使わずに「女」を使ったことには意味があるはずです。

 すなわち、この詩は長年連れ添った妻に棄てられた男が未練たらしく愚痴を垂れる詩です。 第三聯には「我忘大徳、思我小怨」とあります。この意味は「大きな恩を忘れて、つまらない怨みばかり覚えて」ですが、これは長年の間に夫婦の間ですれ違いが大きくなって終に修復不可能になった状態を表した句です。

 男の方は、家族のためだと思って仕事や付き合いに没頭していたけれど、その間妻は見捨てられた思いをしていたのでしょう。女性というのはこういう場合、夫に対して正面から寂しいとは言わずに、夫の些細な失点をあげつらって不平に気付いてもらおうとします。男の方は「家族のために頑張っているのだから、そのくらいのことは我慢しろ」と思ってますます家から足が遠のき、女の方は「これだけシグナルを出しているのに、全く家族を顧みてくれないなんてひどい人だ」とますます男から心が遠ざかる。そして終に熟年離婚、今でも良くある話です。

 そもそも谷は男よりは女を連想させる語です。胸も谷ですし、女陰も谷です。谷と言えば川を連想しますが、水もまた女性の隠喩に使われます。谷風とは、男を拒絶する女の心を表しているのではないかと思います。

 このように、この詩では棄てられた方が男であるのは、詩の決まり事に従えば明白であるのに、男に棄てられた女の詩と解釈してきたのは、後世の中国の男尊女卑の影響でしょう。しかし、詩経の時代の中国の女はもっと自由だったのだと思います。

習習谷風 吹き続ける谷の風
維風及雨 風だけでなく雨まで降り始めた
將恐將懼 ああ恐ろしい、懼ろしい
維予與女 あなたと繋がっていたときには
將安將樂 あんなに安らかで楽しかったのに
女轉棄予 あなたは心変わりして私を棄てた

習習谷風 吹き続ける谷の風
維風及頹 風が木々をなぎ倒す
將恐將懼 ああ恐ろしい、懼ろしい
寘予于懷 あなたの家の中にいたときには
將安將樂 あんなに安らかで楽しかったのに
棄予如遺 あなたは私を棄てて忘れてしまったかのようだ

習習谷風 吹き続ける谷の風
維山崔嵬 岩山のような厳しさ
無草不死 凍えるような風に草は死に絶え
無木不萎 木は枯れてしまう
忘我大德 私が与えた物を忘れて
思我小怨 つまらないことばかり根に持って

 もしかすると「長年連れ添った伴侶に棄てられた」というテーマ自体も、伝統的な解釈に引きずられた思い込みに過ぎず、ただ単に女に棄てられた男の愚痴かもしれません。

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