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2012年6月 2日 (土)

詩経勝手読み(十五)・・・論語と詩経

陰暦 四月十三日

 詩経小雅の鹿鳴、南有嘉魚、鴻雁の30篇を分析したところ、内13篇は従来の解釈が本来の意味からかけ離れていることが分かりました。他にも数編、解釈の大幅変更が適切な詩があります。小雅74篇の内半分は解釈の変更が必要な可能性があります。

 詩経の詩は全部で305篇あります。成立が新しいとされている国風は解釈の誤りが少ないとしても、3分の1の詩は解釈の変更が必要ではないでしょうか。

 論語の詩経からの引用は28箇所あります。その内、淇奥と我行其野は従来の解釈に大幅な変更が必要であることが分かりました。残りの26カ所は、まだ私の分析が及んでいない部分に含まれています。

 淇奥の引用は論語・学而第一・15にあります。この中で子貢は切磋琢磨を「富て礼を好む(裕福でありながら礼に沿った生き方を好む)」例として引用しています。

 切磋琢磨の句だけ抜き出せば、論語の中で使われている意味に近づきます。玉の原石はそれだけでも価値があるが、更に形を整えることで、もっと価値が増すというのが切磋琢磨の原義ですが、既に裕福な人が礼を身に着ければ更に立派な人になるからです。

 しかし淇奥全体を見据えるとこの引用は意味合いが異なってきます。淇奥は山深い里に住む、黄河文明とは異なった文明を持つ原住民が、豊かで平和な暮らしをしている有様を歌った詩です。

 淇奥の原住民は豊かな暮らしをしていますが正式な礼は知りません。耳に大きなピアスをつけたり、猿のような声で吠えたりします。けれども平和に暮らしています。「富て礼を好む」とは若干違います。

 春秋時代には、詩の一部を抜き出して、相手にその詩の別の部分にある句を伝えようとする謎かけのような応答が士大夫の間で流行っていたと言われています。しかし論語の中の切磋琢磨の引用は、淇奥全体の中では間違った使い方になっています。孔子の時代には既に淇奥の意味が分からなくなっており、切磋琢磨という成語だけが独立して使用されていたと考えられます。

 論語・顔淵第十二・10に我行其野からの引用があります。孔子は我行其野の末尾の「誠不以富、亦祇以異」を「愛すれば生きて欲しいと思い、憎めば死んで欲しいと思うのが人の自然な情、先に愛して生きて欲しいと望んだのに後から死んで欲しいと思うのは迷いだ」と言った後に引用しています。

 従来の解釈では、我行其野は最初は信頼して結婚したのに、年老いてから夫が裏切ったので実家に帰りたいと嘆く詩とされてきました。孔子の引用はこの従来の解釈に沿っています。

 しかし私の分析では我行其野の読み手は最初から最後まで男への愛に盲目な状態です。確かに、親も中原の人間としての生活も富も全て捨てるつもりです。けれども男への愛は終始変わりません。論語のこの部分の引用も本来の意味とは異なっています。

 では孔子は詩経を間違って理解していたのでしょうか。そうとも言い切れないところがあります。

 孔子は恋愛詩が好きで、古い歌を口ずさんで「お前たちにはこの詩の本当の意味は分からないだろうなあ」と弟子をからかったりしています。これまで見てきたように、詩経には女の熱情が赤裸々に歌われています。孔子はそれを知っていた可能性があります。

 春秋左氏伝の中の、詩経と易経からの引用は、本当に歴史の現場で使われた言葉ではなく、後世になってから粉飾のために追加された部分とされています。論語の中の詩経や易経の引用も、孔子以降の学者が粉飾として加えた可能性があります。

 あるいは、孔子が詩経の原義を知った上で発言していたとなると、論語のその部分の意味は解釈を変更しなければなりません。

 論語と詩経・易経の関係について、今後も折に触れて調べていくつもりです。

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