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2012年6月16日 (土)

詩経勝手読み(二十)・・・小明

陰暦 四月二十七日

 小明は西方に駐屯した東国の卿(貴族)が故郷の人を懐かしむ詩です。第四聯と第五聯には手紙と推測される文書であり、持って回った言い方の手紙なので分かりにくいのですが、「あなたの位を安定させたい」と読めることから、この詩の詠み手は武将もしくは外交官として西国(おそらく晋)に駐屯してもう何年も祖国に帰っておらず、故郷の主君に、役目を解いてくれるよう遠回しに頼んだ詩ではないかと考えられます。

 詩の中で詠み手は日月を重視し、主君を太陽に例えています。従ってこの詩の詠み手は太陽を信仰していた殷の末裔である宋の人間と考えられます。殷は王を現人神(帝)として崇拝する神政国家でした。春秋時代にもその名残が残っており、春秋左氏伝や諸子百家の中で、宋は功利よりも仁義を重視する少し間抜けな国という扱いを受けています。

 王を太陽神として崇拝し、礼儀を重んじる国、どこか日本と似ているところがあります。

 春秋時代の宋は南国の楚から圧迫を受けており、晋の支援でようやくその侵略を押し返していました。宋は晋の支援を受けるために遠くで開かれる会盟にも欠かさず出席し、位の高い貴族を人質として晋に送ったりするなど涙ぐましい努力をしていました。小明はこのように宋を守るために尽力した誰かが詠んだ詩ではないでしょうか。

明明上天 明るく公明なる天の神は
照臨下土 地上に臨み照らしてくれる
我征徂西 私は西へ行き
至于艽野 地の果てに至った
二月初吉 二月吉日
載離寒暑 寒さがようやく緩み始めた
心之憂矣 しかし心は憂える
其毒大苦 望郷の念が私を苦しめる
念彼共人 かつて一緒にいた人を思う
涕零如雨 涙が雨のように流れる
豈不懷歸 帰りたくないはずがない
畏此罪罟 けれども罪になることを懼れているのです

昔我往矣 昔私が出発したときは
日月方徐 月日はゆっくりと過ぎていたのに
曷云其還 帰りたいと叫びたい
歲肇云莫 今や歳月は言いようもないほど早く過ぎる
念我獨兮 我が身の孤独を思う 
我事孔庶 仕事は重大で忙しい
心之憂矣 心は憂える
憚我不暇 けれども残念ながら帰る暇がない
念彼共人 かつて一緒にいた人を思う
睠睠懷顧 故郷を顧みて思い出す
豈不懷歸 帰りたくないはずがない
畏此譴怒 しかし叱責されることを懼れているのです

昔我往矣 昔私が出発したときは
日月方奧 月日の進み方も余裕があった
曷云其還 帰りたいと叫びたい
政事愈蹙 しかし職務はいよいよ重大さを増し
歲肇云莫 月日は言いようもなく早く過ぎる
采蕭穫菽 野でヨモギやマメを摘む春が来ても
心之憂矣 心は憂える
自詒伊戚 この気持ちを手紙で親戚に送り
念彼共人 あの一緒にいた人に思い起こさせて欲しい
興言出宿 思いついたことを書き起こし使いを出した
豈不懷歸 帰りたくないはずがない
畏此反覆 しかしあの人の気持ちが覆るのを懼れる

嗟爾君子 ああ立派なお方よ
無恆安處 私は異国の地で安住できないでいます
靖共爾位 そばであなたの治世を助けたい
正直是與 この正直者をそばに置いてください
神之聽之 神よこれを聞き届けてください
式穀以女 あなたにお礼を致します 

嗟爾君子 ああ立派なお方よ
無恆安息 私は異国の地で安住できないでいます
靖共爾位 そばであなたの治世を助けたい
好是正直 この正直者を信頼してください
神之聽之 神よこれを聞き届けてください
介爾景福 そしてあなたに幸福が訪れますように

 この詩は非常に婉曲な書き方をしているので理解がしにくいです。第一聯〜第三聯の末尾にはそれぞれ、帰りたいけれど罪になる、叱責される、覆ると何かを心配するような語句が並んでいます。

 おそらくこの詩の詠み手は外交官で主君からは信頼されているのでしょう。だからこそ晋との外交を一手に任されているのでしょう。その彼が故郷に勝手に帰ったら職務放棄になってしまいます。主君の信頼も一気に地に落ちて、かえって憎まれて命の危険にさらされるかもしれません。彼はそれを懼れて、帰りたくても帰りたいとも言い出せないでいます。

 第四聯と第五聯は故郷へ送った手紙と推測されますが、これも婉曲で意図が受け取りにくい書き方になっています。爾君子と書いてあるので、男性に向けているように最初は見えるのに、「式穀以女」あなたに穀物をお礼として送りますと書いてあり、相手は女性のようにも見えます。

 第五聯の末尾には、「神がこれを聴いてくれて、あなたにも幸福が訪れますように」とあり、神はおそらく主君のことを表していますので、誰に何を要求しているのかよく分からなくなってきます。

 私が推測するに、この詩の詠み手は主君に信頼されている女性(主君の母親や夫人)に手紙を送って、主君に自分を呼び戻してくれるように頼んでいるのではないでしょうか。主君に直接送っているようで、どこか間接的な書き方になっているのは、主君の身近にいる女性が宛先だからではないでしょうか。

 さらに女性に宛てているように読めないようになっているのは、主君の身近な女性へ手紙を送ることはある意味危険な行為だったからでしょう。密通の疑いをかけられるからです。そこであくまで主君向けの手紙とも読めるような書き方になっているのだと思います。

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コメント

いつも更新を楽しみにしています^^
易経も素晴らしかったけれど
詩経も毎回 胸をうちますね^^

そして今回は
読んでいると涙が出てくるような詩ですね・・・;ー;

この詩を歌った人は
無事にお国に戻れたのでしょうか?
もちろんその後のことは知る由もありませんけど・・・;-;

きっと誠実な人柄であったろう作者が
楽しい余生を送れたことを願っています。

投稿: YUKIE | 2012年6月17日 (日) 17時15分

YUKIEさん、こんにちは

感想ありがとうございます。
詩経には古代人のこういった普通の感情が読み込まれています。日本の万葉集と一緒です。

儒教のせいで難しい物であるかのような説が広まっているのは、中国人にとっても不幸なことだと思います。

春秋や諸子百家では、宋人はバカ正直でちょっと抜けていると描写されることが多いです。また、宋には貴族と庶民の交流を表すエピソードが多く、割合水平的な社会を作っていたようです。

殷は異民族は生贄にしましたけれどね、殉葬もある意味仲間内のつながりが非常に強かったことを意味するのでしょうし。

谷風と甫田の二十首はどうやら東夷の詩のようで、私たちにも理解しやすい内容が多いので楽しみにしてください。

投稿: べっちゃん | 2012年6月17日 (日) 18時44分

殷や宋の世界観を見すると
とても縄文っぽいというか
厳密な階層社会という気配はありませんよね^^

王の象徴であると言われる鉞も
もしかしたら断罪の意味ではなくって
捕ってきた獲物を切り分ける
その作業の一番うまい人
(皆の意を汲んで不平等なく肉を配分できる人)が
王と呼ばれたのかもしれないなあと思ったりします。

アラスカのエスキモーの風習ですが
食用に捕獲した鯨やあざらしの頭部だけを残し
首から下は食べるそうなのですが
必ず頭は海に帰すのだそうです。
「ありがとう また来いよ」みたいな言葉をかけながら。

頭を戻せば母なる海が
首から下を再生してくれると信じられていたそうです。

殷が行った姜人狩りは頭部の無い生贄も多いですが
頭は異民族の大地に戻したのかもしれません^^
土はたぶん彼らにとっての
偉大な母なんじゃないかなと思います。
もしかしたら彼らの目には
姜人は羊や鳥や牛と同じ
恵みを与えてくれる神聖な獣に見えていたのかも・・・

東夷の詩、とても楽しみですね^^!
わくわくしながら待っています^^☆

投稿: YUKIE | 2012年6月18日 (月) 07時41分

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