« 詩経勝手読み(二七)・・・裳裳者華 | トップページ | 大規模な防災工事をしよう »

2012年7月14日 (土)

詩経勝手読み(二八)・・・桑扈

陰暦 五月二十五日

 甘棠の愛という故事成語があります。詩経国風召南におさめられている甘棠という詩から派生した言葉です。甘棠とはリンゴの木のことで、召公は領地を巡り、リンゴの木があるとその木陰で人々の訴えを聞いたという詩です。召公の身分の分け隔てをしない人柄を領民が慕った詩といわれています。

 桑扈も同じく召公の気さくな人柄を追憶する詩です。この詩は従来、桑の木に宿るウグイスを通して、君子を讃えた歌とされてきましたが、桑に集まるのはヤマコ(野生の蚕)ですので、この詩は洛邑の地で盛んであった養蚕と絹織物そして織物業を保護した召公を讃える詩でしょう。

 養蚕は大量の蚕を飼います。蚕は皆そろって同じ行動をします。一緒に飼えば、卵からかえる時期も脱皮する時期も繭を作る時期もほぼ一斉です。易経では蚕は同族の結束を象徴する語として使用されています。

 現代人にとっては芋虫も蛾も気持ち悪い生き物でしかありませんが、昔は富をもたらしてくれる蚕は神からの贈り物でした。ですから、蚕が伝説の名君召公を象徴する生物とされているのは不思議でも何でもなく、むしろ自然と言えます。召公を慕う領民を、蚕で表したのでしょう。

交交桑扈 桑の木に集まる
有鶯其羽 美しく輝く羽根(蚕蛾)
君子樂胥 桑に群がる蚕のように君子(召公)を慕って群がる
受天之祜 召公が天の祝福を受けますように

交交桑扈 桑の木に集まる
有鶯其領 首筋に飾りがある(蚕の幼虫のこと)
君子樂胥 君子をしたって群がる
萬邦之屏 召公は全ての国の保護者

之屏之翰 国の守り、国の旗印
百辟為憲 全ての君主が模範とすべきお方
不戢不難 人を拒まない、気むずかしくない
受福不那 召公が幸いを受けないと言うことがあろうか

兕觥其觩 サイの角で作ったコップに
旨酒思柔 美味しい酒をついでリラックス
彼交匪敖 庶民と交わるのを好み、偉ぶらない
萬福來求 召公には限りない福が求めに応じて来たる


 詩経国風の国分類にはあまり根拠がありません。召南が南燕の詩とされているのも甘棠の詩だけが根拠に過ぎません。周南が周の詩とされているのも麟之趾という詩の麒麟と公子という語が周王室を連想させるからに過ぎません。

 召南の甘棠はわざわざ「召公」と書いてあるところが返って怪しく、甘棠は召公が木の下で聴政したという伝説が確立した後に詠まれた詩である可能性が高いです。

 最近の研究では召公は東夷とされており、桑扈の詩には東夷を連想させる養蚕や酒が読み込まれているので、こちらの方が召公の伝説の原型に近いと言えるでしょう。

 第一聯の「有鶯其羽」と第二聯の「有鶯其領」は美しい羽根、美しい首筋と訳せます。一見すると羽根のきれいな鳥のことを指しているようにも思えますが、「交交桑扈」が養蚕を意味することは明白なので、きらびやかな絹織物を指す句であると推測できます。

 日本語に「はたおり」「はっとり」「はとり」「はた」という言葉があります。漢字に直すと機織り、服部、羽鳥、羽田などになります。美しい絹織物が鳥の羽を連想させるため、絹織物と鳥は結びついてきました。

 蚕はヒマラヤ〜四川〜江南〜日本を原産地とする昆虫です。養蚕は東夷の文化です。召公は養蚕と農業の時期に罪人を釈放して仕事をさせたという伝説があります。召公と養蚕の深い関わりを窺わせてくれる伝説です。

 おそらく召公は養蚕で富を得た君主で、洛陽に機織りの工業拠点を築いたのでしょう。そして西周にも養蚕の技術を移植したのでしょう。民に生活の手段を与えた召公は長く讃えられることとなりました。

« 詩経勝手読み(二七)・・・裳裳者華 | トップページ | 大規模な防災工事をしよう »

易経・春秋」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173723/54866753

この記事へのトラックバック一覧です: 詩経勝手読み(二八)・・・桑扈:

« 詩経勝手読み(二七)・・・裳裳者華 | トップページ | 大規模な防災工事をしよう »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ