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2012年8月29日 (水)

易経勝手読み(四十)・・・漸漸之石

 漸漸之石はおそらく星座の詩です。前後の瓠葉と苕之華も星座を表現した詩である可能性が高いです。

 漸漸之石の第三聯に「月離于畢、俾滂沱矣」(月が畢にかかると雨が降る)という句があり、これは古来より中国の星座である二十八宿の畢(あめふり星)を表しているとされてきました。

 畢とは牡牛座の顔の部分で、Yの字型に星が並んでいるのが、兎捕りの網に見えることから、古代中国では網を表す畢の名で呼ばれるようになりました。

 面白いことに、畢は日本でも西洋でも雨を呼ぶ星と言われています。それは畢が梅雨の時期に太陽と一緒に上るからだとも、二千年以上前は台風の時期に天頂に上っていたからだとも言われています。

 この詩が星座の詩であることを表す証拠は他にもあります。この詩には「武人東征」という句が三度出てきます。畢の近くに天大将軍という古代中国の星座があります。三角座とアンドロメダ座の一部で構成される星座です。武人とは天大将軍を表しているのでしょう。

 星は空を東から西に進みますので、東征はおかしいと思われるかもしれません。しかし、地に沈んだ星は、再び地下を西から東に進んで、夕方には再び東の空から上ります。つまり武人東征とは、天大将軍が地平線の下に沈み、地下を西から東に向かって進んでいる状態のことを表しています。

 天大将軍が沈んだらもうすぐ朝といっています。天大将軍が日の出の直前(朝5時)に地平線へ沈むのは現代であれば11月、3千年前であれば9〜10月にあたります。これは台風の時期です。

 3千年前の晩秋の真夜中(現在の11月の午前0時)、天頂高く上るは、かの有名な昴です。漸漸之石(次第に集まる石)とは昴です。

 この詩は昴と畢が天頂に上る時期になったら、台風が来る前に早く借り入れを済ませようという農作業の時期を覚えるための民謡ではないかと思います。

漸漸之石 集まる石(昴)
維其高矣 天高く連なる
山川悠遠 地の果ての山川は遠く
維其勞矣 たどり着くことができない
武人東征 天大将軍が地に沈み東に向きを変えると
不遑朝矣 まもなく朝が来る

漸漸之石 集まる石(昴)
維其卒矣 つらなりて集う
山川悠遠 地の果ての山川は遠く
曷其沒矣 星が沈む場所までたどり着くことはできない
武人東征 天大将軍が地に沈み東に向きを変えると
不遑出矣 まもなく稲が穂を出す

有豕白蹢 白い豚(牡牛座)がいて
烝涉波矣 波(天の河)を渉ろうとしている
月離于畢 月が雨降り星にかかると
俾滂沱矣 涙が流れる(台風が来る)
武人東征 天大将軍が地に沈み東に向きを変えると
不遑他矣 他のことをしている暇はない(刈り入れ時だ)

 漸漸之石を日本人が読むと「ざんざんせき」「ぜんぜんせき」になりますが、これはおそらく君が代の「さざれ石」の語源ではなかろうかと思います。

 君が代の小石が集まって岩になるのは変だという意見は昔からあり、河原に転がる礫岩をさして「これがさざれ石だよ」と古典の学者がさも当然のように説明したりしています。

 しかし地質学を勉強した身から言わせてもらうと、岩というのは時間がたつにつれて、川の流れで浸食されてどんどん細かくなって小石そして砂になるはずで、小石が岩になるのでは時間の流れを逆行しています。古代人にもそれは分かっていたはずです。

 君が代は平安時代前期に編纂された古今集に収録された和歌が元になっています。元々は君が代は星が集まる昴を用いて、王の治世が長く続くことを、そして人々が団結することを願った歌なのではないかと思います。

 星が集まって合体するのですから、半端な時間スケールではありません。永遠を意味するスケールの大きな歌だったのです。

 ただしまだ証拠が少ないのでアイデアです。

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