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2012年9月12日 (水)

詩経勝手読み(四四)・・・漢廣その二

 そもそも夏姫の伝説にはおかしいところがあります。十歳で実の兄と密通したとか、子供の夏徴舒が成人してから陳公と密通し、さらに夏徴舒が楚に殺された十数年後に屈巫と結婚し、子供まで産んでいます。夏徴舒が夏姫の実の子であったとするとこの時に夏姫は五十歳くらいであったはずで、いくら何でも高齢出産過ぎます。

 この齟齬は夏徴舒を夏姫の実の息子だとする前提が誤っていることを意味しています。夏徴舒は夏御叔の前妻の子供であったとすれば齟齬はなくなります。

 夏姫が二十歳弱で夏御叔に嫁いだとします。その時既に前妻の子の夏徴舒は成人。夏御叔は高齢であったのでほどなく死別、このとき夏姫は20代前半です。

 そして陳公の妾となり、夏徴舒の叛乱と陳の滅亡。嫁入りから陳の滅亡まで5年くらいだとすれば、楚の襄老と結婚させられたときに夏姫は25歳くらい。女盛りです。

 陳の滅亡の10年後に夏姫は屈巫と晋に亡命しています。この時夏姫は三十代後半、子供を産んでもおかしくはありません。

 夏姫の子供の世代からも、夏姫の年齢を逆算してみましょう。屈巫と夏姫の娘は、晋の羊舌肸という貴族と結婚します。

 夏姫と屈巫の亡命と羊舌肸が活躍した年代は判明しています。羊舌肸が活躍したのは屈巫の亡命から約50年後です。夏姫の娘が生まれたのが、亡命から間もない頃だとすると、羊舌肸夫人はこの時期に40代になりますので、羊舌肸とちょうど年齢が合います。

 以上のように夏徴舒は夏姫の実の息子ではなく、夏姫の義理の息子です。年齢は夏姫と同じか、上です。夏姫の生まれた年は、従来の想定よりも20年ほど繰り下げた方が現実的でしょう。

 次に夏姫が陳の夏家に嫁いだ理由です。

 衰えたとは言え、鄭は周王の補佐です。その名門鄭の公女夏姫は、ただ単に兄との醜聞を避けるためだけに陳まで嫁に行ったのでしょうか?おそらくそれは違うでしょう。

 夏姫が辺境の陳へ行ったのは、楚と最前線で戦う陳をつなぎ止めるためでしょう。

 楚は荘王の時代が最盛期でした。周王室の家宝の鼎の重さを尋ねたのもこの時です。日の出の勢いの楚の圧力に晒されて、陳は風前の灯火でした。夏姫は楚に対抗する使命を帯びて陳に嫁いだのではないでしょうか。

 しかし義理の息子の夏徴舒の野望に利用されてしまい陳は逆に弱体化してしまいました。あるいは、陳公が楚に降伏しようとしたので、夏徴舒は叛乱を起こしたのかもしれません。

 鄭の目論見とは裏腹に陳は楚に滅ぼされてしまいます。楚が陳の内紛に介入したのはおそらく、楚に融和的な陳公が廃されて、夏姫の義理の息子の夏徴舒が陳公になったことに脅威を覚えたからでしょう。

 陳を滅ぼした荘王は夏姫を後宮に入れようとしますが、家臣に止められました。これは「女のために戦争」というようなつまらない理由ではなく、夏姫が鄭のスパイであると警戒したからでしょう。

 案の定、夏姫は楚の国家機密を知り抜いている外交官の屈巫と恋仲になり、屈巫を楚の最大の敵国である晋に亡命させてしまいます。楚の共王が怒り狂って一族皆殺しにしたのは当然です。屈巫の一族を生かしておけば、楚の国家機密が漏れてしまうからです。

 屈巫は名前からも分かるように、楚の神官の家柄です。王の安全を祈る神官が亡命してしまったのですから、これは楚にとって大変な痛手です。実際、一族を殺された屈巫は、復讐のために軍事技術を呉に提供しています。屈一族は楚の頭脳だったのでしょう。

 荘王から共王に代替わりした際に、屈一族がないがしろにされるようなことがあったのかもしれません。そこに不満を感じた屈巫は、夏姫を手がかりにして亡命したのでしょう。楚は王の権力が強く、さらに代替わりごとに重臣が粛正される伝統があったので(殉死の名残かもしれません)、屈巫は楚から逃げ出す機会を窺っていたのかもしれません。

 技術者集団の屈一族を失った楚は急速に弱体化しました。そして呉によって滅亡の手前まで行きます。回り道をしましたが、夏姫は使命である楚の弱体化を全うしたことになります。

 夏姫は運命に翻弄されるか弱い女性ではなく、楚を打倒して祖国の鄭を守るという使命に生涯を捧げた、主体的な女性ではないかというのが私の推測です。

 陳公の妾になったのも、陳を楚から離して鄭側につけるためでしょう。襄老が戦死したのも夏姫が何らかの情報を晋側に流して作戦を妨害したせいかもしれません。屈巫を寝返らせたのは彼女の生涯の白眉でした。

 夏姫の物語は、エロオヤジどもに翻弄されたか弱い女などと言う矮小な話ではないのです。

南有喬木 南に驕り高ぶった大木(楚)
不可休息 そのせいで安心できない
漢有游女 漢水のほとりに遊女(夏姫)
不可求思 手に入れることのできない女
漢之廣矣 漢水は広く
不可泳思 泳いで渉ることはできない
江之永矣 長江ははるか流れ
不可方思 河口(呉)までたどり着くことはできない

翹翹錯薪 高くそびえる邪魔な雑木
言刈其楚 楚を刈り取ってしまおう
之子于歸 屈巫の子(屈狐庸)は呉に帰服し
言秣其馬 馬を太らせた(呉を強くした)
漢之廣矣 漢水は広く
不可泳思 泳いで渉ることはできない
江之永矣 長江ははるか流れ
不可方思 河口(呉)までたどり着くことはできない

翹翹錯薪 高くそびえる邪魔な雑木
言刈其蔞 あの雑草を刈り取ってしまおう
之子于歸 屈巫の子(屈狐庸)は呉に帰服し
言秣其駒 馬を太らせた(呉を強くした)
漢之廣矣 漢水は広く
不可泳思 泳いで渉ることはできない
江之永矣 長江ははるか流れ
不可方思 河口(呉)までたどり着くことはできない

 陳風の株林が夏姫にたらし込まれた陳公をそしる歌だというのは牽強付会で、漢廣こそが夏姫の真実を語る詩であると言えます。

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