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2012年10月10日 (水)

詩経勝手読み(五二)・・・何彼襛矣・野有死麕その四

何彼襛矣

何彼襛矣 厚手の美しい花嫁衣装
唐棣之華 しかしそれは空しい花
曷不肅雝 どうして楽しそうではないの
王姬之車 王女様の車は

何彼襛矣 厚手の美しい花嫁衣装
華如桃李 桃やスモモの花のような可憐な方
平王之孫 平王のお孫様と
齊侯之子 斉公のお子様のご結婚

其釣維何 そこで何を釣っていらっしゃるのですか
維絲伊緡 糸に引っかかった
齊侯之子 斉公のお子様は
平王之孫 平王のお孫様を(釣り上げた)

第三聯の「其釣維何、維絲伊緡」は「何を釣っているのですか、釣り糸に引っかかるのは何ですか」という意味ですが、これは斉の伝説上の始祖太公望が釣りをしている際に文王からスカウトされたことと、斉の襄公がまんまと王姫と政略結婚できたことを引っかけているのでしょう。

野有死麕

野有死麕 野にノロジカの死体(魯の桓公)
白茅包之 白い茅でこれを包む(鹿ではなく人間であると示唆)
有女懷春 女は肉欲を感じ(文姜)
吉士誘之 立派な男がこれを誘惑する(斉の襄公)

林有撲嗽 林に鈍い音とうめき声(桓公は撲殺された)
野有死鹿 野に鹿が死んでいる(中原の鹿=諸侯)
白茅純束 白い茅で包まれた
有女如玉 玉のように美しい女(文姜)

舒而兌兌兮 声を押し殺して感じる(不義密通)
無感我兌兮 心置きなく感じることができない(不義密通)
無使尨也吠 犬を吠えさせないで(密会)

 これだけ準備をすれば野有死麕が襄公の桓公殺害と、襄公と文姜の密通を意味することは明確になったでしょう。

 中原の鹿というのは諸侯のことです。鹿の死体とは桓公のことです。ノロジカとは小型の鹿のことですが、魯が小国であること、もしくは魯公が小柄な人物だったのでしょう。

 魯の桓公が小柄だった証拠はあります。桓公は、力持ちに持ち上げてもらわないと馬車に乗れませんでした。その弱みにつけ込んで、斉の襄公は桓公を殺します。公子彭生に命じて桓公を抱き上げるときにあばら骨を砕いて惨殺しました。

 あばらを砕くというひどい殺し方をしたのは、証拠を残さないためでしょう。桓公はすぐには死ぬことができず、しばらく苦しんだことでしょう。わざわざ殺害方法を史書に書いていることに、魯の静かな怒りを感じ取らなければなりません。

 妻を義理の兄に寝取られ、更に自らは殺害された上に、ノロジカに例えられるとは、桓公も気の毒です。

 第二聯の「林有樸樕」は古来より意味不明とされていましたが、おそらく「林有撲嗽」であり、林から撲る音とうめき声がするという意味でしょう。桓公は力持ちの彭生に持ち上げてもらって馬車に乗るのですが(やはり桓公は短身だったのかもしれません)、その時に彭生にあばらを砕かれて殺されました。斬首や縊死と異なり、すぐには死ななかったですから、撲殺、惨殺と言うべきでしょう。

 このような殺し方をしたのは、殺害の証拠を残さないためでしたが、襄公は愛する妹と結婚した桓公を真底憎んでいたため、このようなひどい殺し方をしたのでしょう。個人の感情としては理解できないこともありませんが、一国の君主がそのような理由で、別の君主を殺すなど異常にもほどがあります。

 魯はこの事件によって天下の笑いものとなりました。さらに魯にとって悪の権化たる斉は滅びるどころか、襄公の弟の桓公の時代に覇者になってしまいます。魯はすっかり萎縮し、歴史の本流には加わらずにひたすら保身に意を払うようになってしまいます。

 さらに魯はその後、公室が力を失い、桓公の二男、三男、四男の慶父(孟孫・仲孫氏祖、共仲)、叔牙(叔孫氏祖、僖叔)、季友(季孫氏祖、成季)の子孫が国を牛耳るようになります。

 春秋左氏伝の、斉公と魯公の会談記事を追っていくと、桓公の長男の荘公と末子の季友の実の父は斉の襄公である可能性があります。文姜の嫁入りに斉の使者が付いてきており、公子だった襄公はしばらく魯に滞在していた可能性があります。文姜の嫁入りが桓公三年で、荘公誕生が桓公六年です。

 その後しばらく魯と斉は敵対関係にありました。そして桓公在位の末年に襄公は何度か桓公と会談しています。季友はその際に襄公と文姜が密通してできた子供でしょう。季友は仲孫氏・叔孫氏と対立し、斉の後ろ盾を得て荘公の庶子を公にします。

 魯の公室と季孫氏が仲が良いことと、仲孫氏・叔孫氏が公室をないがしろにして季孫氏と対立した裏には、彼等の父親が斉の襄公、魯の桓公で、それぞれ異なっていたからではないでしょうか。

 魯の公室が力を失ったのは、魯の公室には斉の襄公の子孫である疑惑がつきまとっていたからであり、仲孫氏・叔孫氏が力を得たのは、魯の人々がこちらこそ正統なる魯の公室の血統、と信じていたからであり、季孫氏が力を得たのは間違いなく斉の襄公の子孫で、斉からの支援があったからでしょう。

 魯で生み出された儒教が女性蔑視に染まっているのは、魯が文姜と襄公のせいでひどい目にあったからです。そして儒教が女の純潔や血統にやたらと拘るのは、血統の混乱によって魯の誇りが傷つけられ、発展も押さえられてしまったからでしょう。

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