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2013年2月24日 (日)

左と差の成り立ち

 易経の沢地萃六三に「萃如嗟如」という句があります。この句の意味はよく分かっていません。易経の爻辞には他に嗟という字が三回登場します。離為火九三「則大耋之嗟」、離為火六五「出涕沱若,戚嗟若」、水沢節六三「不節若,則嗟若」でいずれも「なげく」と読む習わしです。しかしいずれも意味がよく分かっていない句です。

 差という字は禾(稲束)と左で構成された会意文字です。しかしなぜこれが引き算の「差」を意味しているのかは不明です。差をつくりに持つ漢字は、急激な変化を意味する嗟、ゴツゴツした岩山を意味する嵯、筏を意味する槎、石を磨くことを意味する磋、つまずくことを意味する蹉等があります。これらと差の間の意味の連関が不明です。

 

 さて、差の本来の意味は何なのでしょうか。

 

 槎、磋、蹉には直角に交差させるという共通の意味があります。木を組んで作る船が筏です。石を磨くときには、砥石で石を縦横の方向にこすります。左右の足が直角に交差するとつまずいて転びます。

 

 他に差をつくりに持つ字として搓があり。手でもむ、縄をなうという意味があります。これも稲藁などを手で挟み、藁と直角の方向に手を交互に動かす動作で、直角に交差させるという要素があります。

 

 漢語林は差の語源について、指をバラバラに開いて、その間に挟む様を表すとしています。バラバラなので食い違いという意味を持つとしています。分かったような分からないような解釈です。

 

 白川静は字統で、差は神にお供えの稲束を捧げるという意味であり、お供え物には順序があるから、物事の差を表すようになったと行っていますが、これも迂遠な理論ではないでしょうか。

 

 そもそも説文解辞以来の従来の差の解釈では、なぜ差に「左」が入っているのかと、「直角に交差する」という意味と「引き抜いた残り」という2つの意味が差にあるのかが分かりません。

 

 しかし、実は漢語林の説明の中に答えがあるのです。指を開いて、その間に稲束を挟みます、そして稲束を引き抜くとどうなるでしょうか?稲籾が稲束から外されます。この作業を脱穀(だっこく)と言います。稲こきとも言います。

 

 千歯扱きという江戸時代の脱穀機を見たことがあるでしょうか。大きな鉄の櫛が並んでいて、その間に稲束を入れて引き抜くと、一気に脱穀ができます。この千歯扱きは300年くらい前の発明で、それまでは割り箸のような棒で稲を挟んだり、竹を半分割った道具で稲を挟んで脱穀をしていました。

 

 脱穀は、稲束と道具を交差させて引っ張る作業です。そこから直角に交差という意味が導き出されます。脱穀をすると、稲籾が取り外されて残ります。そこから引き抜いた残りという意味が導き出されます。

 

 つまり、差とは脱穀を意味する会意文字です。

 

 とすると、左に出てくる工は従来言われているような「鑿(のみ)」ではなく、稲こきの道具と考えられます。左手で稲こきの道具を持ち、右手で稲束を引く、これが左という字の語源でしょう。

 

 漢字の語源学には物事を「動き」で見るという視点が欠けています。常に静的な状態で語源を探ろうとしています。

 

 甲骨文字では左はナだけで表され、右は又だけで表され、工と口は付いていません。時代が降るにつれ、それでは形が似通っていて区別が付きにくいので、左には工(稲こき)、右には口(祝詞を入れる箱・白川説)が付け加えられました。

 

 そして最初の疑問に戻りますと、沢地萃六三に「萃如嗟如」は「集まっていて、差をしたら出てくる物」ですので、稲籾「粒」です。

 

 

 右という字に含まれる「口」も白川説が言うような、祝詞を入れる箱ではないと私は考えていますが、これについてはまだ説が固まっていません。ともかくよく分からないことがあると、古代祭祀でごまかそうとする東洋史の学者の態度はいただけません。差の語源で見たように、漢字が持つ意味は恒に合理的な解釈が可能なのです。

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