登竜門(チョウザメとワニ)
登竜門とは、立身出世のための関門という意味の故事成語です。黄河の早瀬である龍門を越えた鯉は龍になるという古代中国の伝説が語源です。登竜門を日本語にしたのが鯉の滝登りで、掛け軸の画題として見たことがある人も多いでしょう。
鯉が早瀬を遡って龍になるなんて古代中国人は想像力が豊かね、あるいは文人墨客は自然と接点がなかったからそんな突拍子もないことを考えたのだろうとかいった感想が思い浮かぶかもしれません。
しかしこの登竜門、実はそれなりに根拠がある言葉だと言ったらどう思いますか。まさか鯉が龍に変身するなんて、そもそも龍は想像上の生物ではないかとお言いになるかもしれません。
さて龍は長江に棲息するヨウスコウアリゲーターというワニであることは易経勝手読みの乾為天と坤為地で説明しました。詳しくはそちらを読んでください。龍がワニという説は私だけの想像ではなく、過去にも何人か提唱者がいますし、ワニの外見から納得がいく人も少なくないでしょう。
次に鯉ですが、鯉という漢字が指す生物は、元々池にすむ体長50cmくらいになるあの硬骨魚類のコイではありませんでした。漢文学者の加納喜光によると鯉はチョウザメを指す漢字でした。
チョウザメとは古代魚でユーラシア大陸の大河川や湖に棲息しています。寿命が長く70年から100年以上も生きると言われ、大きい物は3m超にもなります。
詩経には鱏・鱣・鱧・鮪・鯉などの魚が出てきてどの生物を指すのか現代では不明になってしまっているのですが、古代中国の博物誌には「鱏は淡水にすみ、鼻が長く、口が体の下に付いている」という描写があり、これはまさしくチョウザメの形態を指しています。
またこれらの魚は美味で卵を醤油漬け(キャビア)にすると美味しいとか、淵(川底)にすんでいて滅多に出てこないとか、長寿子沢山で巨大になるので目出度いとかいった伝説があります。
これらの特徴は、池の鯉にも当てはまらないこともありませんが、チョウザメにこそ相応しい描写です。
また鯉は瓦のような鱗をしている、龍のような背ビレがあるという描写があります。チョウザメは棘の付いた大きい鱗を持っているのが特徴です。また龍がワニだとすると、チョウザメのギザギザの背中はワニの背中と似ており、基本的に湯たんぽを縦にしたような形状である硬骨魚類と違って、チョウザメは箱状の体をしていますので、やはりチョウザメとワニは似ています。
さらに鱣は初夏に長江を遡って産卵するという伝説があります。さて、チョウザメには塑河性があります。塑河性とは鮭や鮎のように繁殖期に川の上流に遡る性質です。
以上の考察から、加納は詩経に登場する鱏・鱣・鱧・鮪・鯉はチョウザメではないかという説を提唱しています。私もこれは正しいと思います。
チョウザメは唐代以降の中国では皇帝の魚とされていました。中国の漢字の使い方は、漢以前と唐以降ではかなり変化しており、この時にはチョウザメとして鱏・鱣・鱧・鮪・鯉の漢字は使われていません。巨大で堂々としており、皇帝を表す伝説上の龍に似ているのと、なかなか捕まらない上に美味であるからです。
フカヒレは元々チョウザメのヒレでした。サメを使うようになったのはチョウザメが絶滅寸前になって、元々貴重だったのに、漁獲が更に困難になったからです。
自然が豊かで温暖であった三千年以上前の黄河流域には、チョウザメもワニもたくさん住んでいたと考えられます。あのドロドロの黄河では、ワニの背中とチョウザメの背中を見分けるのは難しかったでしょう。それにチョウザメは川を遡る性質があります。したがって、チョウザメが成長して黄河を遡ってワニになるという伝説が生じてもおかしくはないと言えます。
登竜門とはチョウザメとワニを指す言葉だったのです。
他にも詩経・呂詩春秋・淮南子・書経等の古代の中国の文献には不可解な自然描写があるのですが、本来は正しい観察に則った記述であったと私は考えています。しかし自然環境の変化により、漢字ができた頃の生物がいなくなって漢字本来の意味が分からなくなったため、元々どのような生物を指していたのか分からなくなったのではないでしょうか。
易経勝手読みの震為雷でみたように、辰とはヨウスコウカワイルカであり、風水に出てくる四神の青龍はワニ、朱雀はフラミンゴ、白虎はユキヒョウ、玄武はアザラシです。古代人の記述は必ず緻密な自然観察に基づいています。全て想像の産物とするのは早計です。
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