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2013年4月 2日 (火)

八重の桜−生瀬海舟と吉川隆盛

八重の桜は第一次長州征伐まで話が進みました。
 
長州は蛤御門の変に敗北、朝敵となり、日本全体が敵、更に馬関戦争により列強からも砲撃を受けまさしく風前の灯火です。
 
対する幕府は京都を完全に掌握、西国雄藩を従えて長州征伐に向かおうという得意の絶頂にあるはずですが、内実は空虚でした。
 
親藩連合の京都方と譜代による江戸方が対立。江戸方は長州征伐に支援を出さず、雄藩同士の共倒れを狙います。攻め込めば、長州は死にものぐるいの焦土戦繰り広げることは明らかであったため、長州征討軍の意気は上がりません。
 
そんな折りに征討軍参謀の西郷吉之助(隆盛)は幕府海軍奉行勝海舟を尋ねます。当時陸軍で最新装備を備えていたのは薩摩で、海軍を持っていたのは幕府だけだったので、陸海首脳の会談でした。この会談は史実です。
 
隆盛は長州殲滅策を提案しますが、海舟は内乱で列強を喜ばせるくらいなら幕府がなくなってもかまわないと言ってのけます。この会談で二人がそこまで話したかは不明ですが、海舟のその後の行動から、彼が当時から日本が生まれ変わるためには幕府を解体する必要があるという考えを持っていたのは間違いありません。
 
実際は勝海舟と西郷隆盛の間を坂本龍馬が往復して取り持ったと言われています。三人の関係は誰が主と言うことはなく、お互い感化しあって、新しい日本の姿が三人の中でイメージとして固められていきました。
 
海舟との会談によって隆盛の目標は倒幕で固まりました。その後の隆盛は、ありとあらゆる術策を用いて倒幕を実現します。隆盛というと包容力がある優しい人というイメージがありますが、彼の凄みは元治から慶応にかけての倒幕で発揮された陰謀家としての顔にあります。この時の隆盛のやり口は、関ヶ原の家康や、毛利元就に優るとも劣らないのです。
 
さて、八重の桜では勝海舟を生瀬勝久が、西郷隆盛を吉川晃司が演じています。生瀬勝久の海舟は小柄で軽率な感じがし、吉川晃司の西郷隆盛は細面で怜悧な感じを漂わせています。
 
この生瀬海舟と吉川隆盛は、小説とこれまでの大河ドラマによって生み出された海舟と隆盛のイメージからは外れていますが、史実には一番近いです。
 
海舟は小柄でしかも江戸っ子で多少軽率な性格でした。西郷隆盛は元来が陰謀家であり、知に先走ったところもあってそれを島津久光に嫌われます。また彼の生前を知る人は、上野の銅像は全然似ていないと言ったと言われています。実際は太っていなかったらしいのです。
 
八重の桜は非常に良く歴史を再現していると言えましょう。

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