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2013年7月 8日 (月)

禁断の近代日本史(三)

 その後しばらく日本は需要不足に苦しめられます。公共事業を拡大すると財政が悪化して財政破綻の危機が迫る。当時の日本は海外から大量の借金をしていましたので、財政破綻の危機が迫ると金利が上昇し経済が破綻する。今の東南アジア諸国と似た経済でした。だから公共事業を絞る、すると景気が悪化する、このジレンマにどう対処するかによって二つの政治潮流が生じます。

 

 一つは輸出先を確保することによって経済を安定させようとする陣営です。当時の輸出先確保とは、植民地を獲得することでした。彼らは中国に目を向けました。陸軍出身の田中義一を総裁に迎えて以降の政友会です。第一次世界大戦の時に伸びた新財閥もこれを支援しました。日産コンツェルンや安田財閥、鈴木財閥などです。新財閥は国内の販路が弱かったので海外に活路を見出すしかありませんでした。

 

 これに対し、公共事業を縮小させ、財政を健全化し、正貨(金)を貯めることによって日本の信用力を高めようとする陣営がありました。大隈内閣の与党三党が集まってできた憲政会(民政党の前身)です。三菱、三井、住友などの財閥が支援しました。公共事業が縮小すれば、当然不景気となります。信用力が高まるとうことは円高になるということなので、輸出産業もつぶれます。経済的には最悪の政策です。

 

 日本の信用力が高めることは、当時の日本にお金を貸していた英米の意向に沿っていました。英米は日本に貸したお金が貸し倒れになることを心配していました。さらに円高になれば日本の輸出が減るから一石二鳥です。当然のことながら、憲政会は英米協調路線をとることになります。憲政会はずっと外務省の中で親英米派のリーダーであった幣原喜重郎を外務大臣に据え続けました。

 

 民政党の政策をとれば、経済は縮小均衡します。これによって首切りが進み、庶民は苦しみます。企業は財閥を中心に系列化されることになります。強い企業だけが生き残りますので、生産性は上がります。これによって、安かろう悪かろうだった日本の産業を立て直し、欧米に負けない工業国になるというのが民政党の政策でした。

 

 しかしこれが実現されるまでに苦しむ庶民への手当を民政党は何も考えていませんでした。それどころか、改革が実現するまで庶民が苦しんで、中小企業の社長が自殺するのもやむを得ないという立場を取り続けました。

 

 庶民いじめの政策を掲げた原口雄幸の民政党が選挙で勝利したのは、民政党が普通選挙を掲げて庶民の歓心を買ったのと、メディアが全面的にバックアップしたからです。メディアが民政党をバックアップしたのは、財閥の差し金です。民政党の政策はデフレを招きます。デフレは財産を持っている資産家に有利に働きます。

 

 当時の資産家というのは、華族と庄屋です。彼らは民政党の政策をバックアップしました。これによって、都市では失業が広がり、農村では小農が没落し、大地主に土地が集まりました。都市の生産力は財閥に集中しましたので、古くからの資産家(すなわち華族)は資産価値をのばして潤いました。まさしく華族と庄屋が思う通りの展開でした。これが浜口内閣の真の姿です。

 

 このままではいけないと巻き返しを図る動きが、政界、官界、そして軍部で生じます。華族が庶民いじめの政策を支持していた、ここを覚えておかないと、青年将校が君側の奸と呼んだ勢力の実態が分かりません。


 

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