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2014年7月 1日 (火)

岸田秀の白人論を検証

精神分析学者の岸田秀先生は著作の中で白人の起源について仮説を立てている。

それはアフリカで発生したであろう白人の祖先は、黒人の中で差別もしくは珍重されて白人同士で掛け合わされて人種として確立し、やがて黒人から異質な存在として、住みやすいアフリカから追い出され、寒くて暗いユーラシア大陸の奥地へと追いやられたというものだ。
 
白人が有色人種を差別し、優越感を持ちたがるのは、彼ら自身が差別された過去を持っているからだろうという精神分析の「補償」という概念を白人の起源と、近代欧州人による有色人種の奴隷化の原因に当てはめたユニークな仮説である。
 
この仮説納得するところもあるのだが検証してみるといくつかおかしな点もある。
 
ミトコンドリア遺伝子とY染色体を使って、人類の人種の分化と移住の軌跡を追う研究はかなり進んできた。これによると、人類がアフリカを脱出したときにはまだコーカソイド(白人)とモンゴロイド(東アジア人・アメリカ原住民)はまだ分化していなかった。
 
白人が黒人から差別されてアフリカから追い出されたのだとしたら、我々モンゴロイドのご先祖も(まだ白人とは分化していなかった)も差別されていたことになるが、アジア人は特に黒人に仇敵意識は持っていない。
 
コーカソイドとモンゴロイドが分化したばかりの頃の遺伝子をもっともよく保持しているのは、実はアイヌだということもわかってきた。アイヌは彫りが深い顔で、鼻筋も高く、白人のような顔立ちをしている。
 
しかしアイヌは自然と共存し、仲間で助け合う分化を持つ人達だ。彼らは比較的外部との接触が少なかったので、古代からの伝統を保持していると考えられるが、そこには遠くアフリカや中近東で差別された恨みのようなものはない。
 
西欧人に非常に近い言語と遺伝的特質を持っているのは、現在のアフガニスタンからキルギスタンとして中国の西域に居住していた、大月氏・トカラ・クチャ・ホレズムなどのオアシス民・遊牧民である。
 
6千年ほど前にカスピ海沿岸を出発し、東側に進んだのが彼らで、西側に進んだのが英国人やフランス人やドイツ人であることは遺伝的にも、言語学的にも確かめられている。
 
彼らは抱擁性が高い大乗仏教を生み出した人達である。そこには差別とか排他性というものは見当たらない。
 
このように、有色人種を差別したり奴隷化しようとする衝動は白人共通のものではないし、白人とアジア人の祖先が黒人から差別されてアフリカを追い出された痕跡は、少なくとも文化の面からは証明できそうにない。
 
しかし十字軍以降の欧州を狂気が席巻し、その凶器は人類の文明を進めたけれど、今もってなお世界中に迷惑をかけていることも事実である。
 
しかし、この狂気の原因は出アフリカまで遡ることはできないだろう。狂気の原因はおそらくのんびり暮らしていたケルト人とゲルマン人がローマ帝国に征服されて屈辱を味あわされたことによるものだろう。岸田先生も最初の頃はこの立場を取っていた。
 
そこに、風土が異なる中近東で発生した一神教を押し付けられて、彼らはアイデンティティーを深く傷つけられた。この彼らの恨みが爆発したのが近代だったのではないだろうか。

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