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2017年2月 3日 (金)

物覚えが悪い修行僧

ジャータカは古代インドの仏教説話集です。内容はお釈迦さま生前の言葉、教団が巨大になってから作られたお話、古代インドの神話から頓智話まで種々雑多です。春秋社の全集10巻には約500の話が収録されており、頁数も文庫サイズにして5千ページと膨大です。
 
14年から読み始めてようやく第8巻までたどり着きました。その中から興味深い話を紹介していこうと思います。
 
仏典に残る仏弟子はたいていは立派な人ばかりです。お釈迦様に難しい質問をし、お釈迦さまも深遠な答えを返しています。しかし、仏弟子のみんながみんな、出来が良かったはずもなく、物わかりの悪い弟子もいました。
 
 
チュッラカ豪商前生物語(1-4)
 
世尊がマガダ王国の王都ラージャガハのジーヴァカのマンゴー林に滞在しておられたときに、チュッラパンタカ長老について語られたものです。チュッラパンタカは、豪商の娘がその下男と恋仲になって生まれた子でした。
 
恋仲になった二人は家出をして二人の男の子を生みました。兄はマハーパンタカ(大きな道)、弟はチュッラパンタカ(小さな道)と名付けられました。それは二人とも道のほとりで生まれたからです。家を追われた二人が乞食生活をしていたことが示唆されています。
 
やがて夫婦は子供を豪商である祖父母に預けました。そのほうが二人の幸せになると思ったからです。やがて少年となった二人は祖父と共に十の力を持つ人(仏)の法話を聞いて発心を起こして出家をしました。
 
愚鈍であったチュッラパンタカは全く詩を覚えることができず、兄のマハーパンタカは弟に還俗するように勧めました。ジーヴァカのマンゴー林の楼門を出ようとしたチュッラパンタカを世尊は呼び止めこのように言いました。
 
「チュッラパンタカよ、そなたはわたくしのもとで出家したのだ。兄に追い出されたのなら、どうしてわたくしのもとへ来なかったのだ。さあ、そなたが在家になって何になろう。わたくしのもとにいなさい」と言われて彼を傍らに座らせ「チュッラパンタカよ、東の方に向かってこの布切れに『垢とり、垢とり』と言ってさわりながら、この場所にいなさい」と清潔な布切れを渡しました。
 
チュッラパンタカは太陽を仰ぎつつ、一心不乱に掃除をしていると、その布切れは彼が「垢とり、垢とり」と言いながら触り続けているうちに汚れてしまいました。
 
「この布切れはとても清潔であったが、このわたしの身体のために、以前の本性を捨ててこのように汚れてしまった。実に、作られたものは無常なのだ」とこうして、内観を深めました。チュッラパンタカの内観が深まったことを察した世尊は
 
「チュッラパンタカよ、そなたは『この布切れだけが汚れて垢に染まった』と思ってはならない。そなたのうちには、貪欲という垢などがある。それらを取り除きなさい」と言って詩を唱えられました。
 
  貪欲が垢であって、塵あくたが垢と言われるのではない
  この垢というものは貪欲の同義語である
  この垢を捨て去って、かれら修行僧たちは、
  垢を離れた者(仏)のもとに住する。
  憎悪が垢であって…
  迷妄が垢であって、塵あくたが垢と言われるのではない
  この垢というのは迷妄の同義語である
  この垢を捨て去って、かれら修行僧たちは、
  垢を離れた者の教えのもとに住する
 
詩が終わると、チュッラパンタカは聖者の最高の境地に達しました。
 
 
<解説>
この説話は不思議なことに前生が出てきません。一応途中に出てきますが、明らかにあとからの挿入であることが分かる書き方です。暗記力ゼロの弟子が聖者の最高の境地に達したなどということを、高度な学府になってしまったのちの仏教教団が主張するとは考えられないので、この法話の核はお釈迦様の生前の言葉ではないかと私は推測しています。
 
お釈迦さまは人に合わせて教えを説きました。誰もが布切れをいじっているうちに悟りを開けるわけでもないでしょうが、この説話は初期仏教の悟りが難解なものではなかった可能性を私たちに教えてくれます。また、譬えで教えて行動で悟りを開くというアプローチは、後代の禅に近いところも興味深いです。
 
兄から追い出されたチュッラパンタカを傍に置いて庇うなど、お釈迦様の優しさがうかがえます。詩も単純なようでいて、縁起説の本質をとらえています。これはお釈迦様の生前の教えといってよいのではないかと思います。
 
チュッラパンタカは、原始仏教の弟子と信者の詩集である「テーラ・ガータ」に詩が載っています。その詩からは彼が物覚えの悪い弟子であったことが推測できますが、詳細はジャータカにしか載っていません。
 
また、チュッラパンタカが覚えられなかった入門したての僧侶が覚える詩は、アンギラス(太陽神)を称える詩でした。そしてお釈迦さまは、チュッラパンタカに太陽に向かって布切れを触るようにと言います。釈迦族はアンギラスの裔を自称しました。初期仏教が太陽信仰とかかわりがあったことを示唆する重要な説話でもあります。だからこそ、ヴェーダと融合してしまった後の仏教からは、この話は除外されてしまったのかもしれません。

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