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2017年2月18日 (土)

アンギラス

円谷映画に出てくるアンギラスは、もともと仏教に出てくる神様の名前です。とても由緒正しい神様で、お釈迦さまは自分をアンギラスの末裔と自称していました。
 
 
ー原始仏教と太陽崇拝ー
 
原始仏教経典の中でお釈迦さまは釈迦族はアンギラスの末裔であると自称しています。アンギラスが何者であるかは、研究者によって異なるのですが、太陽神と訳すのが一般的らしいです。
 
ジャータカ第四話の「チュッラカ豪商前生物語」で、新米修行僧チュッラパンタカが覚えさせられた詩は以下のようなものでした。
 
 
  香りゆかしいコーカナダ紅蓮が
  朝早くに花を開いて香りを失わずに(輝いている)ように、
  大空に輝く太陽のごとき
  光り輝くアンギラス族(仏)を見よ
 
 
これは太陽崇拝の詩です。
 
「スッタニパータ」の第423節では、成道前のお釈迦様がマガダ国のビンビサーラ王に以下のように自己紹介しています。
 
 
  422:王様、あちらの雪山(ヒマーラヤ)の側に、一つの正直な民族がいます。
  昔からコーサラ国の住民であり、富と勇気を備えています。
  423:姓に関しては太陽の裔といい、種族に関しては釈迦族といいます。
  王様よ。私はその家から出家したのです。欲望をかなえるためではありません。
  424:もろもろの欲望には患いのあることを見て、また出離こそ安穏であるとみて、
  つとめはげむために進みましょう。わたくしの心はこれを楽しんでいるのです。
 
 
釈迦族は太陽崇拝をしていて、その神話上の始祖はアンギラスであると推測できましょう。
 
 
第159話「金色の孔雀前生物語」(2-159)
 
転輪聖王の生まれ変わりである金色の孔雀が太陽を崇拝する詩が収録されています。また、自分が悟りを開くのではなく、悟りそのものを信仰の対象とする大乗仏教の萌芽がみられます。
 
 
  この目を持つ唯一の王
  金色で大地を照らす太陽がのぼる
  まさし、その金色で大地を照らす太陽を礼拝しよう
  太陽に守られて、わたしたちが今日一日を過ごせますように
 
  一切の事柄に通じているバラモンたち
  わたしは、かれらに帰依する
  どうか、わたしを、守ってください
  仏たちに帰依する
  さとりに帰依する
  解脱した人々に帰依し
  解脱に帰依する
 
  この目を持つ唯一の王
  金色で大地を照らす太陽が沈む
  まさしく、その金色で大地を照らす太陽を礼拝しよう
  太陽に守られて、わたしたちが今日一夜を過ごせますように
 
  一切の事柄に通じているバラモンたち
  わたしは、かれらに帰依する
  どうか、わたしを、守ってください
  仏たちに帰依する
  さとりに帰依する
  解脱した人々に帰依し
  解脱に帰依する
 
注目すべきは、太陽が目に譬えられていることです。太陽を天の目と表現することは世界に広く見られます。日本の天照大神も伊弉諾尊の左目から生まれたことになっています。
 
 
(仏典に出てくる太陽崇拝とアンギラスの記録を見つけ次第随時この項に書き記します)
 
 
ーアンギラスとアマテラスー
 
さて、ここからアンギラスと天照大神が音韻上は非常に似通っていることを説明しましょう。
アンギラスをアルファベットで書くと angirasu となります。
 
nとmは容易に入れ替わります。すると amgirasu となります。アムギラスになります。giとtiも容易に入れ替わります。すると amtirasu となります。アムチラスです。アンギラスという音は、発音の仕方や聞き取る側の耳の馴れにより、アムチラスと聞こえます。
 
日本人のように音に必ず母音をつける民族がこれを発音すると amatirasu もしくは amutirasu となるでしょう。アマチラスもしくはアムチラスです。日本語ではiとeは入れ替わるので、アマテラスと発音する人がいてもおかしくはありません。
 
なんと、釈迦族の始祖アンギラスを日本語風に発音すると、アマテラスになるのです。
 
これは、妄想ではなく、古くから伝わる単語の音の変化をたどる手法を忠実に当てはめて得られる結論です。かつて日本語学者の大野晋が日本語とタミル語には共通の語彙が多いことを指摘したことがありました。雲南あたりで発生したとされる水田稲作文化が東に伝わって、日本語に痕跡を残し、西に伝わって南インドに痕跡を残したのでしょう。稲作民は例外なく太陽神を崇拝します。アマテラス(アンギラス)というのは、稲作民の間に広く崇拝された太陽神の名称である可能性があります。
 
四姓平等を説くお釈迦様の始祖の血筋にこだわるのは、仏教の教えからは反するのですが、初期の仏教を調べていくと、釈迦族の文化は日本と共通部分が多いことに気が付きます。三十二相の中にも東アジアや南洋系の身体的特徴や習俗が反映していると考えられるものがあります。また、ジャータカは仏教に先行してヒマラヤの山岳崇拝があったことを示唆しています。日本の修験道とチベット密教は仏教の派生ではなく、むしろ逆に山岳崇拝を母胎として仏教が派生したのではないかと私は推測しています。
 
さらに仏教にはナムチという名前の悪神が登場します。これも日本の出雲系神話に登場する神様の名前です。仏教の古層には、我々日本と共通の文化が透けて見えるのです。私は釈迦族は文化的には現代のミャンマーや雲南あたりに住む山岳民族と共通の人たちだったのではなかろうかと考えています。
 
仏教はアーリヤ人の文化の中で体系化されましたが、お釈迦さまは我々と似た文化の中で生まれ育った人だったのではないかと私は考えています。

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