楽しく住む者
初期仏教教団にいた釈迦族出身者についての材料が出てくる説話です。
楽しく住む者前生物語(1-10)
元釈迦族の王族であるパッディヤ長老は、いつも「ああ、楽しい。ああ、楽しい」と感動の言葉を発していました。それを不思議に思った修行僧たちは世尊に理由を尋ねます。
すると世尊はパッディヤ長老の前生を話し始めました。パッディヤ長老は前生に王であったが、ヒマラヤの苦行者のもとで出家しました。彼はいつも「ああ、楽しい。ああ、楽しい」と感動の言葉を発していました。
ある時ヒマラヤの苦行者を王様が訪ねてきました。王の前だというのに、ある苦行僧が寝転んで寛いでいました。なぜこの僧侶は王の前でも寝転んでいるのだろう?王は師匠(ブッダの前生)に尋ねました。
苦行者たちの師匠いわく、「大王よ、この苦行者は、以前はあなたと同じくある王であったのです。その彼が、『わたしは以前在家であった時には、王権の栄光を享受していて、武器を手にした大勢の者たちに護衛されていながらも、このような楽しさを得ることがなかった』と、自分の出家の楽しさ、瞑想の楽しさについて、この感動の言葉を発しているのです」と語りました。
他の者が彼を守ることもなく
かれが他の者を守ることもない。
王よ、かれは楽しそうに横たわっている、
もろもろの愛欲に期待することなく
王は、説法を聞いて満足しました。
<感想>
パッディヤ長老は元釈迦族の王だったと考えられます。この説話で紹介されている7人の王族が全員釈迦族だからです。このことから、釈迦族の王位は有力貴族の持ち回り制であったという説があります。
この説話の現生パートには、釈迦族出身の7人の長老が登場します。キンビラ、バグ、ウパーリの3人に、パッディヤを加えたこの4人は聖者の最高の境地に達したとされています。
5人目はアーナンダで聖者の最初の境地に入ったものとされています。
6人目がアヌルッダで天眼を持つ者、7人目はデーヴァダッタ(提婆達多)で瞑想を修める者とされています。
第一の注目点は、釈迦十大弟子の一角とされているアーナンダが、最上級の悟りを得た長老に加えられていない点です。この後出てくる説話では、アーナンダはブッダと同列に扱われています。これはアーナンダがコーサラ国の在家から大変な尊崇を受けていたからです。アーナンダを過小評価するのは、マガダ王国側の経典の特徴です。しかし、マガダ王国の経典では釈迦族は全員過小評価されています。
第二の注目点としては、通常は法敵として糾弾されているデーヴァダッタが瞑想を修める者として評価されています。デーヴァダッタは確かに仏教教団の主流派からは抜けて分派を作りましたが、スッタニパータや大パッリパーナ教では、お釈迦さまは別にデーヴァダッタを非難していません。デーヴァダッタが教団の敵として糾弾されるようになったのは、お釈迦様の死後です。
まとめると、
1.釈迦族の王位は貴族の持ち回り制だった。
2.アーナンダの評価は、お釈迦様の生前は、釈迦族の間でもそれほど高くはなかった。
3.デーヴァダッタは教団からは敵視されてはいなかった。むしろ瞑想に秀でた者として評価されていた。
ということが、この説話から推測できそうです。
さてこの説話の教訓ですが、栄光に満ちた地位も、個人の心の安寧という面からみると、恐怖になりかねない、むしろ何も持たないことが幸いである。これもまた仏の教えの一端を表しているといえるでしょう。
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