さとりを崇拝する
ジャータカ(十四)…大乗仏教の萌芽にて、お釈迦様個人を敬愛し、わかりやすい説話で在家信者の教化を重視するアーナンダの流れと、世間を離れて禅定に没頭することで真理を見出そうとするサーリプッタの流れがあることを説明しました。
サーリプッタの弟子がそう考えたという意味です。サーリプッタはお釈迦様の一番弟子として、最大の支部があったマガダ国の教団の運営を任されていたと考えられます。のちにマガダ国で教学的研究を進めた人たちは、自らの権威づけのためにサーリプッタを持ち出したのでしょう。項を改めて説明しますが、サーリプッタはやさしく人間味あふれる人でした。カチコチの学者ではありませんでした。
初期の仏教は悟りとは修行して自分が体験すべきものでした。しかし、仏教教団が教義を複雑にしてしまったため、悟りを開くことは在家には不可能だと考えられるようになってきました。そこで、悟りを信仰の対象とすることで救われようとする立場が出てきます。
「金色の孔雀前生物語」(2-159)
転輪聖王の生まれ変わりである、金色の孔雀が太陽を崇拝する詩が収録されています。また、自分が悟りを開くのではなく、悟りそのものを信仰の対象とする大乗仏教の萌芽がみられます。
この目を持つ唯一の王
金色で大地を照らす太陽がのぼる
まさに、その金色で大地を照らす太陽を礼拝しよう
太陽に守られて、わたしたちが今日一日を過ごせますように
一切の事柄に通じているバラモンたち
わたしは、かれらに帰依する
どうか、わたしを、守ってください
仏たちに帰依する
さとりに帰依する
解脱した人々に帰依し
解脱に帰依する
この目を持つ唯一の王
金色で大地を照らす太陽が沈む
まさしく、その金色で大地を照らす太陽を礼拝しよう
太陽に守られて、わたしたちが今日一夜を過ごせますように
一切の事柄に通じているバラモンたち
わたしは、かれらに帰依する
どうか、わたしを、守ってください
仏たちに帰依する
さとりに帰依する
解脱した人々に帰依し
解脱に帰依する
アーリヤ人固有の信仰であるヴェーダ崇拝、釈迦族(アーリヤ人よりも前からインド大陸にいた人たち?)の太陽崇拝、そして仏教の解脱を同時に崇拝する不思議な詩です。
この詩は太陽を最上位に置き、バラモンと仏教の僧侶を同等に置いています。信仰の対象は太陽であり、バラモンと僧侶が在家を導いてくれるという組み立てになっています。仏教徒の中で太陽崇拝が非常に重要視されていたことが分かる詩です。
お釈迦さまが教えを説き始めてから、仏像が刻まれるようになるまで300年くらいかかっているのですが、それまでの間、通説では仏教徒は純粋に仏の教えを崇拝していてお釈迦さまの像を作ろうとしなかったということになっていますが、むしろ私は、初期の仏教徒が信仰していたのは太陽であり、お釈迦さまは生きる指標を示してくれた教師という扱いだったのでは?と考えています。
初期のキリスト教徒は自分たちはイエスが説いたユダヤ教の一派と規定していたので、キリストの像を作ってはいません。初期のキリスト教徒が信仰していたのはユダヤ人の神でしたので、特別な像を作る必要はありませんでした。イエスは新しい生き方を指し示してくれた教師という扱いでした。同じ関係が、初期の仏教にも当てはまるのではないかと思うのです。
この詩は、自ら悟りを開くのではなく、悟りを開いた仏を崇拝することによって救われようとする大乗仏教の原型が見受けられます。さらに、仏が複数いることになっています。現生にあらわれたお釈迦様のほかにも仏がいるとこの詩を作った人たちは考えていたことになります。
やがて太陽とお釈迦さまが同一視されることにより、阿弥陀如来や大日如来が生み出されたのではなかろうかと私は考えています。
大乗仏教誕生の流れが濃縮された重要な詩です。
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