竜王の初見
ジャータカも第130話あたりから、創作された話が多くなってきます。次に紹介する話はジャータカの中で初めて海が出てくる話。また、脚色の仕方が法華経に似ています。また、アラビアンナイトにも似ています。
法華経には提婆達多品にはサーガラ竜王の娘が功徳によって返上男子になる物語がありますが、その竜王というのはインドの物語ではどのように描写されているのか、ジャータカの中から一例を取り上げます。
「海神に救われた篤信な信者前生物語」(2-190)
〈現生の物語〉
ある信心深く尊い聖なる在家の弟子が、仏の法話を聴くために川を渡ろうとしたが、船頭が仕事を終えて帰ってしまったので、船が一艘もなかった。そこで彼は、仏に対する喜びの心をもって川を渡ったが、足は水の中に沈まなかった。
彼はあたかも陸地を歩くがごとく、川の中央まで行ったときに、波が見えて、仏に対する喜びの念が薄らいだ。すると、足は沈みかけるのであった。しかし彼は仏に対する喜びの念を堅固にしたので、水の上を歩いて、ジェータ林までたどり着き、師に挨拶をした。
仏は在俗信者に対して語り掛けた。「おまえは仏の功徳を憶念して足場を得たが、以前にも海の中で船が壊れた時に、仏の功徳を憶念しながら足場を得たことがある」
〈前生の物語〉
むかし、カッサパ仏のとき、聖者の最初の境地を得た尊い仏弟子が、ある金持ちの理髪師と一緒に船に乗った。
船に乗る前に理髪師の妻は、夫のことをくれぐれも頼むと仏弟子に言った。
船は七日目に難破し、二人は板切れにつかまって島に流れ着いた。理髪師は鳥を殺して食べ、在俗信者にも与えようとした。
「わたしは、いらない。」と鳥を食べることを断り、「私たちにとって三宝に帰依すること以外によりどころはないのだ」と三宝の功徳を憶念していると、島に竜王が現れ、自分の姿を大きな船に変えた。海神は船頭になった。その船は、七種の宝石で満ちていた。
三本の帆柱はサファイアでできており、帆は黄金でできていた。綱は銀で作られ、床板は黄金であった。
海神は海の上に立って「インドへ行く人は?」と叫んだ、
在俗信者は「わたしがまいります」と言った。
海神は言った「それでは、いらっしゃい。船に乗りなさい」
彼は船に乗ってから理髪師を呼んだ。すると海神は「きみなら入れてあげるが、あいつは功徳を備えた行いがないからダメだ」と断った。
「それなら、わたしが行ってきた布施や、守ってきた戒行、修行してきた修習を、彼の利益のために与えよう」
「それなら乗せてやろう」と海神は言った。理髪師は「あなたに感謝します。旦那様」と言った。
海神は二人を家まで送り届け、かれらに財産を与え、「賢者と一緒に行動をなすべきである、もし理髪師がこの在俗信者と一緒でなければ、海の真ん中で死んでしまっただろう」と言って次の詩を唱えた。
見てごらん。信心深く、戒をたもち、
布施をなすものの、この結果を
竜王も、船の姿となって
信心深い在俗信者を載せる
賢者と交わりなさい。
賢者と親しくなりなさい。
善人とともにいたことによって
理髪師は安穏に赴く
〈解説〉
現生の話も前生の話も、お伽噺と言ってしまえばそれまでかもしれません。けれども、特徴は最初から最後まで在俗信者が主役であること。さらに、善行が積立金のように蓄えたり与えたりすることができる財産としてとらえられていることです。
初期の仏教では常に中道を進むことが修行とされていました。しかし、この物語では前生で行った善行によって現生で良いことが起きるというように、教えの効果が変化しています。
これは前生→現生、現生→来生というように時間を先に進めれば、今良いことをしておけば次に生まれ変わった時に、良いことが起きるとなります。前生の物語が、現生で良いことを勧めるための道具立てとなっているのです。
また、南の海の向こうに宝があるというのも、メソポタミア方面との貿易が反映しているのでしょう。妻の言葉によって理髪師が救われたともいえるので、女性に対する配慮がうかがえるのも、基本的に女性を修行の邪魔者扱いしているジャータカの大部分の話とは一線を画しています。古代から貿易が活発だった西南インドの自由な雰囲気が感じられる物語です。
私は法華経や無量寿経は、ジャータカを種本にして、文学的に洗練したものではなかろうかと考えています。大乗経典のネタ元と考えられる話も紹介していきたいです。
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