地獄の初見
原始仏教には地獄の描写はありません。悪人が死後に特別の空間に行って罰を受けるという発想はお釈迦さまにはなかったようです。しかし、ジャータカには100話あたりから地獄の描写が出てくるようになります。デーヴァダッタやアジャータサットゥ王の物語とセットになっていることが多いです。おそらくお釈迦様の死後百年くらいたってから地獄の思想が仏教に取り入れられたのではないでしょうか。
その中から、古代インド人の地獄観が分かる物語を紹介します。
「マハーピンガラ前生物語」(3-240)
昔バーラーナシーにマハービンガラ(デーヴァダッタの前生)という悪王がいた。正義がなく不公平で、深い欲望を持ち、ムチ打ち・重税・脛切・罰金などによって、サトウキビ圧搾機のように国民をいじめ、全く憐憫の情を持っていなかった。
婦人・子供・大臣・バラモン・資産家みなが、ピンガラ王のことを目の中に入ったゴミのように、おにぎりの中の小石のように、足に刺さったトゲのように嫌っていた。
そのとき、ボーディサッタ(菩薩:お釈迦様の前生)はピンガラ王の息子として生まれた。ピンガラ王が死去した時、全住民は喜び、笑い、荷車千台分の薪で火葬にし、瓶数千個分の水で消火し、ボーディサッタを灌頂して王位につけた。
バーラーナシーの国民は「われわれは正義の王を得た。」と言って祭りの太鼓を打ちまわし、豆と花を地面にまき散らし、飾り立てたテントの中で食べたり飲んだりした。ボーディサッタも飾り立てられた大広間の、白傘がかざされた牀座(数十センチの高さの縁台のようなもの)に座り、食べたり飲んだりしていた。
そのとき一人の門番が泣き出した。ボーディサッタはそれを見て
「おい門番よ、わたしの父が亡くなられて、すべての人々が満足して喜んでいるのに、お前は泣いている。私の父はお前にだけは愛されていたのか?」
「違います。ピンガラ王は宮殿から降りる時も登るときも鍛冶屋が鉄をハンマーで打つように、私の頭を八回づつ叩かれました。ピンガラ王が死んで私の頭も楽になりました。王はあの世に行かれたら、今後は地獄の獄卒やヤマ王(閻魔大王)の頭をたたかれるでありましょう。持て余したヤマ王が再びピンガラ王をこの世に追い出して、彼が私の頭をたたきに来るのが怖くて泣いているのです。」
それに対してボーディサッタが答えた。「あの王は荷車千台分の薪で火葬され、瓶千個分の水がかけられ、彼の焼き場は全く掘り起こされている。また、輪廻の力による以外は、本来他の世界に行った者たちが、ふたたびもとの身体を取って帰ってくることはない。怖がることはない。」と門番を安心させた。
こうして、ボーディサッタは善政を敷いた。
〈解説〉
この当時は、死者がその姿のままで死者の世界からよみがえることがあると考える人がいたことが分かります。それに対して、死者は地獄で罪を消化してから、別の人格になってから現生に帰ってくると仏教が説明していたことが分かります。
原始仏教では業(カルマ)は現生で消化すべきものでしたが、悪人には地獄という更生所が準備されていると、仏教教団は考えるようになったようです。悪事を防ぐのと、悪人が現生で罰せられていないように見えるという不満に対する答えでしょう。
一神教の世界では、死者は現生での人格を保持したまま、終末を迎えることになっています。ここが西洋とインドや東アジアの死生観の違いではないでしょうか。
また、強力な火で焼かれるということと、ハンマーで死者をたたくという描写は、後世の地獄の描写に影響を与えていそうです。
また、閻魔大王が初めて登場する物語でもあります。ヤマ王はアーリヤ神話に出てくる最初の人間で、最初に死んだ人間ということになっています。ペルシャではヤマ王は死後の世界を案内してくれる守護神とされています。仏教説話のヤマ王が中国に伝わって、閻魔大王に変化します。
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