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2017年4月19日 (水)

サーリプッタの優しさ

サーリプッタはお釈迦さまの教えを最もよく理解していたといわれています。仏弟子にも信頼され、「法の将軍」と呼ばれていました。非常に理知的で戒をよく保ったと言われています。
 
また、サーリプッタはお釈迦さまの息子ラーフラの親教師でした。出家したばかりの若い僧侶を教え導く先生です。お釈迦さまから信頼されていたことがうかがえます。
 
しかし、ジャータカにはサーリプッタの意外な一面が記録されています。サーリプッタは料理が上手でした。食べ物に関連した説話が複数残されているのです。そして、彼は病人を適切な措置で何度か救っており、彼には医術の心得もあったようなのです。
 
 
 

「まんなかのマンゴー前生物語」(3-281)
お釈迦さまがコーサラ国の都城サーヴァッティーの近郊に滞在しておられたとき、ラーフラの母親ビンバーデーヴィーはこう考えて出家した。

「私の主人(お釈迦さま)は出家して、一切を知る方となった。息子(ラーフラ)も出家して主人のもとに住んでいる。私だけが家庭生活を送っていても仕方がない。わたしもまた出家して、サーヴァッティーに行って、正しく悟りを開いた人と息子を常に見ながら暮らそう」

そうしてサーヴァッティーに行って、ラーフラの母は尼僧の住房に居をしめた。そこで、見習い僧のラーフラは出かけて行って、母に会っていた。

さてある日、ビンバーデーヴィー長老尼に腹痛が起こった。ラーフラが会いに来た時に出ることができなかった。他の尼僧がやって来て、病気であることを告げた。ラーフラは母のもとにいって訪ねた。

「何か必要なものはありますか」

「おまえ、家庭生活をしていた時には、砂糖を混ぜたマンゴーの果汁を飲めば、腹痛が鎮まったものです。しかし今は托鉢で暮らしているので得ることができません。」

ラーフラは「もらってきましょう」と言って退出した。彼は親教師であるサーリプッタのもとに行ってあいさつし、悲しそうな顔をして立っていた。そこでサーリプッタは彼に尋ねた。

「ラーフラよ、なぜ悲しそうな顔をしているように見えるのか」

「尊者よ、わたしの母、長老尼は腹痛を患っております」

「何か必要なものがあるか」

「砂糖を混ぜたマンゴーの果汁で治ります」

「よろしい、手に入れてあげよう。心配するな」

サーリプッタはラーフラを連れて都城へ行き、ラーフラを休憩所に座らせ、自分は王宮の門へ行った。まさにその時、園丁がかごいっぱいにマンゴーを持ってきた。パーセナディー王はマンゴーの皮をむいて砂糖をかけて、自らつぶして、長老の皿を満たして与えた。長老は王宮から休憩所へ行き、ラーフラに与えてこう言った。

「持って行って母上に差し上げなさい」

長老尼がすっかり食べてしまったとき、腹痛が鎮まった。

ラーフラの母の窮状を知ったコーサラ国王は、その後彼女にマンゴーの果汁を毎日届けさせた。

 

〈解説〉
修行僧は食べ物の好き嫌いを言ってはいけないことになっています。また、他人のために働いてはいけないことになっていました。ですので、サーリプッタのこの行為は厳密にいうと戒律違反です。さらにお釈迦様の家族を特別扱いしたことにもなります。ですので、この話は正当な経典には収録されていません。

しかし、まだ幼い弟弟子が母親を思う気持ちを大事にして、あえて戒を破ってラーフラの母親を救ってあげたサーリプッタの優しさこそが、慈悲の精神に沿っているのではないでしょうか。そのため、この説話は在家信者向けの説話であるジャータカに残ることになりました。サーリプッタは諸経典に残るような、戒を守る真面目一方の学者ではなく、心優しい人でした。また教条的に戒を守るよりも、命を救うことが大事と考えられる人だったのでしょう。

第292話「スパッタ前生物語」では、サーリプッタはビンバーデーヴィー長老尼に、赤い魚で味付けし、新しいギー(牛乳からとったオイル)を混ぜた米飯を料理して、長老尼を救ったことになっています。魚入りのお粥です。病人食として最適ですね。私はこちらの方が実話なのではなかろうかと考えています。

原始仏教では僧侶が肉を食べることは、自分でその動物の命を絶っていなければ禁忌ではありませんでした。それは「油による教戒前生物語」(3-246)にも書いてあります。しかし、やがて僧侶が肉食をすることが問題視されるようになったため、サーリプッタが魚を料理したことを説話で話すわけにはいかなくなり、教団は植物のマンゴーを調達してきたように話を改変したのではないかと思います。

サーリプッタには、腹を下した教団の弟子たちのために流動食を作ってあげた話「肉の獲得前生物語」(3-315)があります。サーリプッタには医術の心得があったのかもしれません。サーリプッタの弟子たちは禅定を重視し、そこから禅宗が生まれています。禅宗は料理したり病人を看護するのも修行の内と考えています。こういった家事を蔑視していなかった、原始仏教教団の雰囲気を、禅宗は伝えているのかもしれません。

私はサーリプッタの性格は薬師如来に反映しているのではないかと考えています。薬師如来は、日光菩薩と月光菩薩を脇侍として従えていますね。「臨終のボーディサッタ前生物語」(2-135)では、サーリプッタの弟子たちが太陽神と月神を崇拝していたことが見て取れます。しかし今のところ証拠はこれくらいしかないですので、あまり強くは主張できませんが。

他にもサーリプッタには、在家信者から好物のお菓子を布施でもらったけれど、一人で全部食べてしまい、托鉢から帰ってきた弟子から苦情を受けるという人間臭い逸話も残っています。「吐き捨てた毒前生物語」(1-69) ジャータカには彼の愛すべき人柄がにじみ出るような逸話が数多く残されています。

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