機織りと漢字(3)…哉・載・歳
これは、織機に経糸が仕掛けられた状態です。まだ緯糸が合わされていないので、糸がビラビラしています。甲骨の(上図右側)「戈」は十字に足がついたような形態をしています。これは機織りのもっとも古い形態、錘機と考えられます。
錘機の経糸の張り方(前掲の「織物」より)
錘機はかつてアフリカ・中近東・欧州に広がっていた原始的な織機です。物干しざおのような横棒(経保持具)から経糸をたらし、その間に緯糸を通します。古代エジプトや古代ギリシャの壁画にも残る伝統的な織機です。縄文時代の日本もこの織機を使用していたのではないかと考えられます。アメリカ原住民も使用していますので、おそらく人類最初の織り機は、錘機と考えられます。
経糸をたらした錘機は「哉」という字の甲骨によく似ていますね。まだ緯糸が通されていない状態、したがって「始まり」という意味になります。
錘機は経糸の入れ替えに時間がかかるうえに、緯糸と経糸を密着させることが困難です。(経糸を引っ張る力が一定で均一という利点もあります)
2)地機の発明
これを克服したのが「地機(じばた)」です。地機は糸を横に張り、地面に打った杭に経保持具を括りつけて固定し、反対側を織る人の腰に括りつけて、経糸を引っ張ります。これにより、緯糸と経糸を密着させる際に力をかけることが可能になりました。そして、密な布を織ることが可能になったのです。
地機の一種である腰機、東アジアに広く広がる織機。(「織物」より)
経糸を横に引っ張ることぐらいならば誰でも思いつきます。地機を可能にしたのは綜絖の発明です。経糸一本一本を括って、引っ張り上げられるようにしました。最初の仕掛けに非常に手間がかかりますが、これによって、経糸の入れ替えが簡単にできるようになりました。
地機は出来上がった布を巻き取る機構が必ず必要になります。手許に織り上がった布がたまっていくからです。たいていの地域では、筒を使って巻物のように布を巻きます。この機構には、織り上がった布に力がかかりすぎないという副効果もあります。
3)載
この布保持具の筒がつけられた状態の地機が「載」です。これも古い漢文では「始め」という意味で使用されている漢字です。
布保持具は、腰の上にのせて使うので「載」に「のせる」という意味が付随することになります。
ミャオ族の地機(「織物」より)
商や西周時代に中原にいたとされるミャオ族の地機。おそらく金文が記された西周時代の地機はこのような形態をしていたのでしょう。
後に記録が書物に残ることを「載」と書くようになりましたが(記事を掲載するの載)、これは布保持具が巻物によく似ているからでしょう。古代の本は竹簡・木簡を糸でより合わせて、巻物ののように巻いていきました。これは地機で織り上がる布とよく似ています。
4)踏板の発明
さらに発達すると、綜絖を踏板で操作するようになります。これによってさらに効率的な作業が可能になりました。
雲南タイ族の織機(「織物」より)。踏板による綜絖の操作方法は様々なパターンがあります。この例の場合は、経糸は2セットそれぞれを引き上げるために踏板は2つあります。
5)歳
綜絖が2ついていて、それらを2つの踏板で操作する織機の工程はこのようになります。緯糸のスタートポジションは左側にあり、経糸Aが上にあるとします。
①緯糸を通す(緯糸は左から右に移動する)
②筬を引いて経糸と緯糸を密着させる
③踏板を踏んで綜絖を動かして経糸Bを引き上げ、経糸Aを下げる
④緯糸を通す(緯糸は右から左に移動する)
⑤筬を引いて経糸と緯糸を密着させる
⑥踏板を踏んで綜絖を動かして経糸Aを引き上げ、経糸Bを下げる
①に戻る
踏板がある織機は、足を2回動かすことでワンサイクルが終わります。このことを表した文字が「歳」です。
「歳」という文字は足を表す「止」が2つと「戈」でできた文字です。止を枠で囲ったような字形もあり、これはまさしく織機の踏板(ペダル)と言えるでしょう。
白川静は1年に一回行う「歳」という祭があったのだろうとしていますが、これは自家撞着で説明になっていません。白川は「字統」にて「歳は動詞的に使用されている」と指摘しています。これは慧眼です。歳は機織りで踏板を動かす作業ですから、歳が動詞的に用いられるのは当然です。
踏板を2回踏むことによって、機織りのワンサイクルが終わります。一年のサイクルをこれに当てはめて、1年を「歳」と呼んだのでしょう。
以上のように、機織りというキーワードを使うことにより、漢字の語源が合理的に解明できます。おどろおどろしい古代祭祀を想定する必要はありません。
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