アーナンダ3
久しぶりにジャータカの話です。第456話「ジュンハ王前生物語」には、老年を迎えたお釈迦さまの偽らざる気持ちと、教団の状況、年老いたお釈迦さまの世話をしたアーナンダの姿が記録されています。
「ジュンハ王前生物語」(6-455)
さとりを得られてから二十年間というもの、〈世にも尊きお方〉には、これと言って決まった身の回りの世話をする侍者はいなかった。あるときはナーガサマーラ長老が、またあるときにはナーギタが、ウパヴァーナが、スナッカタが、チュンダが、サーガラが、さらにあるときにはメーギヤが〈世にも尊きお方〉にお仕えしたものであった。
さて、ある日のこと、〈世にも尊きお方〉は修行僧たちにこう話しかけた。
「修行僧たちよ、わたしももう年寄りになった。ところで、私の侍者になってもある修行僧は『こちらの道を行きましょう』と言って、どこかへ行ってしまうし、またある者などは私の鉢や衣を地面に置き去りにしてしまう。私に常に従ってくれる侍者として、誰かひとり修行僧を決めてほしい」
そこでサーリプッタをはじめとする長老たちが名乗り出た。
「おまえたちの気持ちはよくわかった。それで十分だ」と師は断られた。そこで修行僧たちはアーナンダ長老に「きみが名乗り出なければ」と言った。そこで、アーナンダ長老は八つの条件をお釈迦さまに提示し、それが満たされるのであれば侍者になりましょうと言われた。
- もし〈世にも優れたお方〉がご自分で手に入れた衣を、私に下さるということがなのならば
- ご自分の食べ物をくださることがないのであれば
- ご自分と同じ部屋に住まわせないのであれば
- ご自分が招待されたときに、私を連れていくことがないのであれば
- 私が受けた招待に、〈世にも優れたお方〉が行ってくださるのであれば
- もし外国やよその地方から〈世にも優れたお方〉に会いに来た人がいて、私に取次ぎを頼んだ際に、〈世にも優れたお方〉に彼らを会わせることができるのであれば
- 私に疑問が生じたときに、すぐに〈世にも優れたお方〉の許に、うかがうことができるのであれば
- もし、私がいないときに法話をされても、私が戻ってきたときにその法話を聴かせてくださるのなら
〈世にも優れたお方〉はそれを認められた。
アーナンダ長老はそれから二十五年間変わることなく侍者を務めた。それによりアーナンダは五つの点で第一人者となった。
- 多くを聞き学んでいること
- 注意力をめぐらしていること
- ふるまいの正しいこと
- 物事に動じないこと
- 仏に仕えること
そして七つの幸せを備えた。
- 仏の教えを聞く幸せ
- 仏の教えを理解する幸せ
- 過去の原因を知る幸せ
- 己のために仏に尋ねることのできる幸せ
- さとりへの渡場に住まう幸せ
- ありのままに考えることのできる幸せ
- 仏の側近くにいる幸せ
このように、仏の教えにおいて人に知られ、輝けること大空の月のごとくであった。
〈願いが持つ意味〉
これもまた、原始仏教時代の教団の姿が赤裸々に記録されています。稀代の宗教家が、意外にも若い修行僧から煙たがられていたらしいことが分かります。また、アーナンダの願いからわかるように、お釈迦さまの侍者は、教団の中で強烈な嫉妬にさらされていたこともわかります。正法の世であっても人間の有り様は大して変わりません。
アーナンダも注意深いと同時に、結構ちゃっかりしています。
まずアーナンダの願いの1~4は、周囲からの嫉妬を避けると同時に、アーナンダが世間的な職業として、お釈迦さまの侍者をやっていると周囲からみなされることを避けるための条件です。即物的な報酬を拒否しています。
願いの5~6は、自分をお釈迦さまへの取次係として任命してほしいという願いです。というよりは、同僚の修行僧に、「私が在家信者をお釈迦さまに取り次いでも邪魔をしないでください」と牽制していると考えられます。
お釈迦さまはすでに有名人でしたので、数多くの人が面会を求めてきたのでしょう。六十に近いお釈迦さまが、全ての人に会っていては疲れ果ててしまいます。であるから、面会者を整理する役目を自分に一任してほしいと、お釈迦さまに願い出たという意味です。取次係が複数だと、どういう基準で会える会えないかが分からなくて不公平感が残ります。取次係が、お釈迦さまに人を面会させる競争を始めたら、お釈迦さまは疲れ果てて寿命が縮んでしまいます。
願いの7~8は、アーナンダ個人のためのものです。ここはちゃっかりしていると言えます。アーナンダが望んだ報酬は、お釈迦さまの教えを余すことなく聞くことでした。後に彼が暗記した教えをもとに経典が書かれます。彼は自分の暗記力に自信があったのかもしれません。教えを聞きたいという個人的な願いと同時に、自分こそがお釈迦さまの教えを後世に残すのだという自負があったのでしょう。
〈アーナンダの前の侍者〉
アーナンダの前の侍者の解説が注釈にあったので抜粋しておきます。
ナーガサマーラ…釈迦族出身の修行僧。「自説経」には、彼がお釈迦さまのお供をしてコーサラ国を旅していた時、二股に分かれた道のどちらを行くかでお釈迦さまと争い、ついに携えていたお釈迦さまの鉢と衣を地面に置き去りにして、一人で行ってしまったことが伝えられている。
ナーギタ…釈迦族出身の修行僧
ウパヴァーナ…コーサラ国の都サーヴァッティーのバラモンの修行僧。
スナカッタ…リッチャヴィ族出身の修行僧。後にお釈迦さまが神通力を己に見せてくれないのを不満として還俗し、教団を離れたと伝えられる。「苦行への態度」参照
チュンダ…サーリプッタの弟とも伝えられる修行僧。お釈迦さまの死の原因となった最後の食事をふるまった鍛冶のチュンダとは別人。
サーガラ…経典の他の個所ではサーガタと伝えられている。
メーギヤ…釈迦族出身の修行僧
やはり釈迦族が多いです。アーナンダを入れて8人、そのうち半分の4人が釈迦族です。インドは今でも地方によって言語が違いますので、まず言葉の部分で楽だったのではないかと考えられます。考え方も近いのでお釈迦さまも同族の方が気易かったのでしょう。でも釈迦族は誇りが高すぎたと言われています。ナーガサマーラもお釈迦さまと喧嘩しています。
サーヴァッティーとリッチャビ族は、お釈迦さまの信者が一番多かった地域です。ウパヴァーナとスナカッタは、お釈迦さまの教えに興味があるために、侍者になることを望んだと考えられますが、スナカッタは不思議な力を求めてお釈迦さまの弟子になったため、やがてお釈迦さまの元を離れました。弟子の全てが、お釈迦さまの教えを理解していたわけではありません。お釈迦さまでも感化できなかった人はいますし、そういう場合お釈迦さまは無理に引き留めていません。
サーリプッタの弟がいたというのは、この話で初めて知りました。
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