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2017年9月17日 (日)

ヴィドーダバ王子の説話

ジャータカに収録されている最も詳細なヴィドーダバ王子の物語を紹介します。コーサラ王家が釈迦族と縁付になることを望んでいたことや、釈迦族でがインドでは珍しく、家系を父系継承する部族であったことが分かります。
 
 
バッダサーラ前生物語(6-465)
 
1)コーサラ王が釈迦族と縁づきになろうとする
コーサラ王は修行僧に常に食べ物を施していたが、修行僧は宮廷では食事をせず、アナータビンティカ長老の屋敷(給孤独園)や、ヴィサーカーの屋敷で食べたのであった。それはコーサラ王の宮廷では、誰も修行僧に対して、親愛の情を持っていなかったからであった。
 
ある日コーサラ王は
「贈り物が届いた、修行僧の方々に布施しなさい」と言って食堂へもっていかせた。
しかし使いの者は「もう修行僧の方々は食堂にはいらっしゃいません」と返答をした。
「どちらへ行かれたのだ」と王は尋ねると
「めいめい、気心の知れた家で腰を落ち着けて食べておられます」と使いの者は答えた。
それを聞いた王は、朝食をとってから師(お釈迦さま)のもとへ行って尋ねた。
 
「尊師よ、食べ物の中で何が一番すぐれていますか」
「親愛の情が一番すぐれています、大王様。酸っぱいお粥だけでも、親しい人に布施されればおいしいのです」
「尊師よ、修行僧の方々はどんな人と親しいのでしょうか」
「親族とか、釈迦族とかです、大王よ」
 
そこで王は考えた。
「ひとり釈迦族の娘を嫁にもらって第一王妃にしよう。そうすれば、親族のように修行僧の方々と親しくなれるだろう」
王はカピラバットゥに使者を送った。
「娘をひとり嫁に下さるように。余は、あなたがたと親族になることを望んでいる」
 
2)釈迦族が下女に産ませた娘を、王族と偽って嫁に出す
釈迦族は寄り合いを開いた。
「われわれは、コーサラ王の命令の及ぶところに住んでいる。もし娘を与えなければ、大いに怨みを買うであろう。もし与えれば、釈迦族の血統が崩れることになる。一体どうすべきなのだろうか」
 
そのとき、マハーナーマが発言した。
「悩むことはありません。私にナーガムンダーという下女に産ませたヴァーサバカッティヤーという娘がいます。とても美しい娘です。父方でいえばクシャトリアの生まれになります。これをコーサラ王にはクシャトリアの娘として嫁に出しましょう。」
 
コーサラ王の使者たちは「釈迦族は生まれについて、まことに誇り高い。だから『同族の者です』と言いながら、そうではない者を与えるかもしれない。彼らが席を同じくして食事をするかどうか確かめよう」と言って、マハーナーマとヴァーサバカッティヤーを食事に招待した。
 
マハーナーマとヴァーサバカッティヤーは使者と一緒に食事の席に座った。しかし食事中に手紙を届けるように計らった。マハーナーマが手紙を読んでいる間に、ヴァーサバカッティヤーは食事を済ませた。これにより、マハーナーマとヴァーサバカッティヤーと食事を同席したが、同時に食事をせずに済ませた。しかしこれを見たコーサラ王の使者は、同時に食事をしたと信じて、彼女を連れ帰ってコーサラ王妃にした。ヴァーサバカッティヤーはコーサラ王の寵愛を受けた。
 
さて、王妃は間もなく懐妊し、玉のような男児を産み、王子はヴィドーダバと名付けられた。ヴィドーダバは大事に育てられたが、他の王子たちには母方の祖父の家から玩具が届けられているにもかかわらず、ヴィドーダバには母の実家から贈り物がなかった。
 
3)ヴィドーダバ王子、里帰りをして真相を知る
「お母様、他の人たちにはご実家から贈り物が届きますが、僕のところには誰も何も贈ってくれません。お母様には、お父上もお母上もいらっしゃらないのですか」
「ぼうや、あなたのおじい様たちは釈迦族の王族ですが、遠くに住んでいらっしゃるので贈り物ができないのですよ」と答えた。
 
やがて十六になった王子は、母の実家に行こうとした。母は思い留まらせようとしたが、王子がせがむので行かせた。王妃はカピラバットゥに手紙を出した
《わたしはこの地で幸せに暮らしております。どうか皆様方は、王子に内実をおもらしになりませんように》
 
釈迦族は、ヴィドーダバが訪ねてくることを知り「頭を下げさせるわけにはいかない」と一族の幼児を全て田舎に疎開させた。
 
王子はカピラバットゥに到着し、集会場で釈迦族に挨拶をした。王子は腰が痛くなるほど、親族に頭を下げて回ったが、釈迦族は誰一人としてお辞儀を返さなかった。
「どうして私にお辞儀をする人がいないのですか」
「きみより年下の子供たちは、みな田舎に帰っているからです」
 
王子は数日滞在して帰途に就いた。集会場では下女が王子が座った樹の椅子を「これは下女の息子が座った椅子だから」とそしりながらミルクと水で洗い流していた。それを武器を忘れて取りに帰った王子の家来が見てしまった。
真実を知った王子は「釈迦族の奴らはいまのうち、私が座った椅子をミルクと水で洗っておくがよい、私が王位についた暁には、彼らの喉を掻き切った血で、私の坐った椅子を洗ってやる」と心に期した。
 
真相を知ったコーサラ王は王妃と王子から王族の身分を剥奪し、下男下女が得るべきものしか与えないようにした。
 
4)お釈迦さまが、身分は父系で継承されることを説く
数日後師がやってこられた。
「大王様、釈迦族のしたことは確かに不当なことでした。しかしながら、大王様にも申し上げることがあります。ヴァーサバカッティヤーは王族の娘であり、武士である王の宮殿で王位についたのです。ヴィドーダバとて、武士である王を父として生まれたのです。『母の家系が何になろう。父の家系こそ正しい評価の基準なり』と古の賢者たちは言い、貧しい薪取りの女を第一王妃の位につけたこともあるのです。彼女から生まれが男児はバーラーナシー王となりました」(「たきぎ取りの女前生物語(1-7))
王はその言葉を聞いて、父の家系こそが正しい評価基準だと喜び、母子を王族待遇へと戻した。
 
5)マッラ族のバンドゥラ将軍
ここで唐突にコーサラ国にいたバンドゥラ将軍の物語が挿入される。彼はヴィドーダバ王子のクーデタと関りがある人物であった。
 
バンドゥラ将軍は、リッチャビ族と戦って勝利する(将軍の妻のマッリカーがリッチャビ族の聖なる水浴び場を、汚したことが戦争のきっかけであった)。王に信頼されたバンドゥラ将軍は、コーサラ国の実権を握るが、譜代の臣の讒言を信じた王に殺されてしまう。バンドゥラ将軍の妻のマッリカーは仏教徒であった。
 
バンドゥラの冤罪が晴れた後に、コーサラ王はバンドゥラの甥のディーガカーラーヤナを将軍にする。釈迦族のウルンパという名の町の近くで、コーサラ王は五種の王のしるしをディーガカーラーヤナ将軍に預けて、僧院を尋ねた。将軍は王のしるしをヴィドーダバ将軍に与えて即位させた。
 
廃位されたコーサラ王は、甥のマガダ国王アジャータサットゥの助けを借りようと、ラージャガハまで歩いが、夜だったので城門は閉ざされていた。雨風に打ち付けられた王は息を引き取った。アジャータサットゥ王は、母方のおじのために手厚い供養をして、盛大に葬儀をした。
 
6)ヴィドーダバ王がカピラバットゥを滅ぼす
王位についたヴィドーダバは、釈迦族に対して復讐のために進軍した。師は「親族を救わなければ」とお考えになって、カピラバットゥ郊外のニグローダの木のもとに横たわった。ヴィドーダバは師を見つけ、お辞儀をしてこう言った。
 
「尊師はこのような暑いときに、なぜこのような影もまばらな樹の根元に座っているのでしょうか。私たちの方の影の濃い、ニグローダ樹の下にお座りになればよろしいのに」
「大王様、どうぞお構いなく。親族の影は涼しいのです」
そこで王は、師は親族を救うためにいらっしゃっているのだろうと、退却した。このようなことが3度続いたが、4度目には師は釈迦族がした川に毒を投げ込むような行いは、もはや拭い去ることができないとお考えになり、止めに入らなった。ヴィドーダバ王は、乳飲み子をはじめとして釈迦族を皆殺しにして、喉を掻き切った血で以前坐った椅子を洗って戻って行った。
 
 
非常に興味深い説話です。解説は後日。

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