木花之佐久夜毗売と乙女座
春の夜空に輝く橙色の0等星アルクトゥールスと純白の一等星スピカを称して、日本では「夫婦星」と呼びました。邇邇芸命の妻は木花之佐久夜毗売(このはなのさくやびめ)です。大山祇命の娘で、たいそう美しい女神ということになっています。
4)天の西端に住む木花之佐久夜毗売
古事記神話では、邇邇芸命と木花之佐久夜毗売は笠沙岬で出会いました。ここは海人の世界観では最も西に当たります。天球上の西とは秋分点のことです。1500年前の秋分点はスピカのあたりにありました。すなわち木花之佐久夜毗売は乙女座のスピカです。春の夜空に純白に光る星です。
一目ぼれした邇邇芸命は木花之佐久夜毗売に求婚します。木花之佐久夜毗売の父である大山祇命は、姉の石長比売(いわながひめ)とセットで嫁に出しますが、石長比売があまりに不細工だったので、邇邇芸命は木花之佐久夜毗売だけ受け取って、石長比売を実家に帰してしまいました。本能に正直な神様です。
大山祇命は「姉の石長比売も受け取っていれば、石のように長生きができたのに、これによって天孫の命は、花のように短くなってしまいました」と言います。
これは典型的な「バナナ型神話」です。バナナ型神話とは、南洋や東南アジアに共通する、人間の寿命を説明する神話です。
〈バナナ型神話〉
大昔、人間は神様が天からつるすバナナを食べて生きていた。神様の食べ物のおかげで不老不死であった。けれども、ある日神様は天から石をつるした。人間は石を受け取らなかった。そこで神様は言った「石を受け取っていれば、石のように永遠の命が得られたのに、これから先おまえたち人間の命はバナナのように(バナナは一年草です)儚くなるであろう」こうして人間は不死でなくなってしまった。
旧約聖書の楽園追放よりは、よっぽどおおらかでユーモアがあるので私は好きです。邇邇芸命と木花之佐久夜毗売の結婚神話は、バナナ型神話の一種で、とても古い起源をもった神話と言えます。
5)春の大三角
牛飼い座のアルクトゥールス(一等星)、乙女座のスピカ(一等星)、獅子座のデボネラ(二等星)をつなげて、春の大三角と呼びます。
アルクトゥールスが邇邇芸命で、スピカが木花之佐久夜毗売です。邇邇芸命と夫婦になることができなかった石長比売は、両者と比べて明るさが落ちるデボネラでしょう。スピカは天球上の大分南にあり、デボネラの方が北側にありますので、デボネラの方が星空に見える期間は長いです。ですので、寿命が長い石長比売としてもぴったりです。
アルクトゥールスは一等星よりもさらに一段明るい0等星です。スピカは1等星で、アルクトゥールスよりは光度が下です。アルクトゥールスが燃えるような橙色で、スピカが少し控えめな純白、猛々しい武人である邇邇芸命に対して、たおやかな乙女である木花之佐久夜毗売。非常に見事な対比と言えます。
6)火中出産
邇邇芸命と木花之佐久夜毗売は一夜を共にしました。それだけで木花之佐久夜毗売は妊娠します。しかし、たった一度夜を共にしただけで妊娠したことを邇邇芸命は怪しみ「俺の子供ではないだろう」と言います。
そこで木花之佐久夜毗売は身の潔白を証明するために、産屋に火を放って出産します。木花之佐久夜毗売は海幸彦山幸彦の兄弟を無事に出産しました。
火中出産も南洋に共通する神話で、焼畑農業のメタファーではないかと言われています。麦は焼畑農業の主要作物ですので、アルクトゥールスが麦星と言われていることとも符合します。なを、西洋の神話では、スピカは農業の女神が手にする麦穂ということになっています。牛飼い座と乙女座は、東洋でも西洋でも、麦と縁が深い星座です。
7)アルクトゥールスの移動
アルクトゥールスは全天の中で最も速いスピードで移動する星です。800年で満月一つ分くらい移動します。どの方向へ移動しているかというと、スピカに向かっています。5万年後にはスピカのすぐ隣に見えるようになります。アルクトゥールスとスピカを夫婦に譬えた古代人はこのことを知っていたのでしょうか?偶然にしてはあまりによくできています。私は知っていたのではないかと思います。
これはアルクトゥールスが銀河の公転面上になく、銀河の中心を公転していないため、銀河の中心を公転する太陽系からの見かけの速度が非常に大きくなるからです。
したがって、1500年前のアルクトゥールスは現在よりも北側にありました。牛飼いのへそあたりにあったのです。
これにより、古代の牛飼い座の形はますます空穂に近くなります。
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