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2017年10月21日 (土)

三人の神武天皇

古事記の上巻は、天津日高日子波限建鵜葺不合命(あまつひこひこなぎさうがやふきあへずのみこと)が、玉依毗売命(たまよりびめのみこと)との間に、4人の子供をなすところで終わります(後述するように、私は5人と考えていますが)。
 
その子供とは上から順に
  • 五瀬命(いつせのみこと)
  • 稲氷命(いなひのみこと)
  • 御毛沼命(みけぬのみこと)
  • 若御毛沼命(わかみけぬのみこと)=豊御毛沼命(とよみけぬのみこと)=神倭伊波礼毗古命=(神武天皇)
の四人です。
それぞれ神話の中でどういった生涯を送るのでしょうか。
1)五瀬命
長男です。神倭伊波礼毗古命と一緒に、天下平定のために筑紫(九州)を出発して大和へ向かいます。しかし、浪速で邇芸速日命の義兄の登美能那賀須泥毗古(とみのながすねびこ)が放った矢に当たって深手を負い、紀ノ川の河口で死にました。
 
2)稲氷命
次男です。稲氷命は玉依毗売命のいる海の国に帰ってしまいます。
 
3)御毛沼命
三男です。浪の穂を踏んで、常世の国即ち死者の国へ旅立ちました。
 
4)若御毛沼命・豊御毛沼命
末っ子の四男です。五瀬命と一緒に、天下平定のために大和へ向かいます。浪速でいったん登美能那賀須泥毗古の軍勢に敗退し、紀伊半島を南下して、熊野から北上して大和盆地に攻め入ります。八咫烏の導きにより、怪物がうごめく熊野・吉野を抜けて大和盆地に入り、登美能那賀須泥毗古を討伐し、邇芸速日命を屈服させて初代天皇になりました。
 
5)三人の神武天皇
若御毛沼命と豊御毛沼命とは何者なのでしょうか。なぜ神倭伊波礼毗古命とは呼ばずに、古事記の上巻はこの二つの名前で呼んでいるのでしょうか。その理由は、若御毛沼命・豊御毛沼命と神倭伊波礼毗古命は、元々は別の神様であったからではないかと私は思います。
  • 神倭伊波礼毗古命
  • 若御毛沼命・豊御毛沼命
  • 神武天皇
この三者は、別の土地で信仰されていた、神格の異なる神様だったのが、時代が下るごとに混同され、最終的に稗田阿礼によって一つの登場人物にまとめられたのではないかと私は思います。
 
神武東征の物語は日向~豊後・浪速~熊野・吉野~大和盆地の3つの場面に分けられます。これがそれぞれの神様が信仰されていた地域に当てはまるのではないかと思われます。
 
それぞれの活躍する地域と星空上での位置は以下のようになります。
 
                                       
名前 古事記 季節 天球 進行方向
神倭伊波礼毗古命 日向~豊後 南天
若御毛沼命・豊御毛沼命 浪速~熊野 黄道 東→西→南→北
神武天皇 熊野~吉野 初秋 天の川
 
神倭伊波礼毗古命は速吸瀬戸(豊後水道)で椎根津彦と出会った後、物語の舞台は浪速へ飛びます。安芸や吉備にも立ち寄ったことになっていますが、エピソードはなく、後付の感は否めません。従って、速吸瀬戸までの物語と浪速からの物語はもともと別の神話だったと考えるべきでしょう。
 
浪速に入ってからの神倭伊波礼毗古命はジグザグの動きをしています。この動きが若御毛沼命の正体を探る鍵です。
 
兄宇迦斯・弟宇迦斯が神倭伊波礼毗古命を妨害するあたりから、吉野や宇陀の豪族の伝承が取り入れられています。私はここで、物語の主人公が若御毛沼命から、神武天皇に入れ替わっているのではないかと推測しています。
 
それでは、次回以降神武東征神話に登場する神々や怪物が、それぞれ何の天体を表しているのか分析していきましょう。

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