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2017年10月 9日 (月)

邇芸速日命とペルセウス座・アンドロメダ座

春分点の神様は邇芸速日命(にぎはやひのみこと)です。ただし古事記では邇芸速日命の神話は、神武東征神話の影に隠されています。これはおそらく、邇芸速日命を崇拝していた物部氏が飛鳥時代にはまだそれなりの力を残していて、物部氏の氏神である邇芸速日命が活躍する神話を、大和朝廷の正史として残すことは危険だと、持統天皇や藤原不比等が考えたからでしょう。
 
そこで、古事記以外の史料も使って邇芸速日命を探っていきます。
 
 
1)ペルセウス座とアンドロメダ座
 
邇芸速日命を表す星座は、秋の星座ペルセウス座とアンドロメダ座を合体させた、長細い丸木舟の形をした星座です。中国では天舟と呼ばれています。
 
ペルセウス座は晩秋の夜空に天高く上る星座です。二つの弓なりのカーブが重なった星座で、有名な変光星アルゴルもあります。弓なりのカーブが船の形に似ているので、古代中国では天舟と呼ばれました。
 

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ペルセウス座の隣には、アンドロメダ座があります。アンドロメダ銀河で有名ですが、星座自体はあまり目立たない星の集まりです。細長い二等辺三角形から、二本足が伸びたような形をしています。これも秋の星座です。
 

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2)ペルセウスとアンドロメダの神話
 
ペルセウスとアンドロメダの物語は、ギリシャ神話に残されています。エチオピア王ケフェウス(北天の星座)と王妃カシオペア(北天の星座)の間には、アンドロメダというそれは美しい姫君がいました。しかしカシオペアが娘の美しさをあまりに自慢したため、海神ポセイドンの孫娘のニンフの怒りを買います。ニンフはポセイドンに告げ口し、ポセイドンはカシオペアを懲らしめようと、海の怪獣(クジラ座・秋の星座)を使って、海を荒らしてエチオピアを苦しめました。
 
ケフェウスが神に伺いを立てさせると、アンドロメダ姫を生贄に差し出せというお告げが下ります。カシオペアの高慢が災厄の原因と知ったエチオピアの民衆は、アンドロメダ姫を海の岩に鎖で括り付けて、生贄として捧げてしまいました。
 
そのころ、ある事情から故郷を追われて放浪の旅をしていた若者のペルセウスは、エーゲ海の島の王ポリデュクスの酒宴の席に招かれました。しかし王に献上する物がありません。そこでメドゥーサという、その顔を見た者は恐ろしさのあまりたちまち石になってしまうという怪物の首を持ってこようと宴席の人たちに約束します。
 
ペルセウスはアテナ神とヘスペリデスの園の三姉妹の助けにより、メドゥーサを退治しました。メドゥーサの血を浴びた岩からは天馬のペガススが生まれました。ペガススに乗ってエーゲ海に帰る途中に、岩に繋がれたアンドロメダを見つけたペルセウスは、メドゥーサの首でお化けクジラを退治し、アンドロメダを救います。そして、ケフェウス王とカシオペア王妃に会って、アンドロメダとの結婚を許してもらいます。
 
ペルセウスは暴虐なポリデュクス王をメドゥーサの首で倒しました。ペルセウスは母ダナエ(ギリシャのアルゴスのアクリシオス王の娘)とアンドロメダと一緒に、生まれ故郷のアルゴスに帰ります。しかし「孫に殺されるであろう」という予言を真に受けていたアクリシオス王は、国を捨てて逃げてしまいました。
 
やがて、競技会の円盤投げに参加したペルセウスは、手許がくるって観客席にいた老人に当ててしまいます。その老人は祖父のアクリシオスでした。予言は成就したのです。悲しんだペルセウスは祖父を手厚く葬りました。ペルセウスをアンドロメダとの間にはたくさんの子供が生まれました。ヘルクレスはペルセウスのひ孫にあたります。
 
3)ペガスス座と2千年前の春分点
 
秋の夜空にはペルセウスとアンドロメダの物語にまつわる星座が並んでいます。この神話を思い浮かべれば、明るい星が少ない秋の夜空の散策も楽しくなります。
 

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秋の夜空でまず目につくのが、ペガスス座の大きな四辺形です。日本では桝形星とも呼ばれています。四角い計量升に似ているからですね。ペガスス座のあたりは特に明るい星が少ないので、四角い形が目立ちます。
 
現在の春分点は魚座と水瓶座の境界あたりにあります。古事記が編纂された700年頃には、魚座の中心にありました。これはペガスス座のβ星とγ星をつないだ線の延長上にあります。
 
明るい星が少ない秋の夜空で、ペガススは星座や北極点・春分点を探す目印となります。「全天星座百科」(藤井旭、河出書房新社)に、ペガスス座を目印にした星座の探し方がありますので、ご覧ください。
 

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ペガスス座には星が少なく真っ暗であることと、ペガスス座が秋の夜空を旅する羅針盤であることは、邇芸速日命と神武東征を解明する手掛かりになりますので覚えておいてください。
 
4)邇芸速日命(邇芸速日命)
では、いよいよ邇芸速日命の解明です。邇芸速日命は先代旧事本紀という歴史書により詳しい描写があります。先代旧事本紀は平安時代中期に書かれた書物で、古事記から漏れた神話が収録されていると言われています。古事記の神話と先代旧事本紀の神話で一番異なる部分が、この邇芸速日命の部分です。
 
先代旧事本紀によると、邇芸速日命は天押穂耳尊の息子です。従って日子番能邇邇芸命とは兄弟ということになります。邇芸速日命は天照大御神の命令により、天の磐船に乗り、数多くの豪族の祖先を引き連れて、高天原から河内の哮峯(いかるがみね)に天下りました。
 
そして国津神の長髓彦(ながすねひこ)の妹の御炊屋姫(みかしきやしめ)を妻に迎え、子をなしますが、子が生まれる前に、邇芸速日命は亡くなりました。先代旧事本紀ではこの後に神武東征の物語がつながります。
 
古事記では邇芸速日命は、長髓彦が戦死した後に、無抵抗で神倭伊波礼毗古命(神武天皇)に国を譲ります。日本書紀では邇邇芸命が長髓彦を殺して、神倭伊波礼毗古命に降伏したことになっています。先代旧事本紀と日本書紀では、邇芸速日命ははっきりと「天津神」として扱われています。
 
邇芸速日命は大阪府交野(河上)の磐船神社に祀られています。磐船神社のご神体は天の磐船と呼ばれる巨大な岩です。たくさんの豪族を連れて天下りしたことと言い、船こそが邇芸速日命の神格と言えます。となると、中国の星座で天舟と呼ばれ、春分点に近い位置にあるペルセウス座ことが邇芸速日命と考えられます。
 
西洋の星座の区分にとらわれる必要はありません。ペルセウスとアンドロメダを合体させると、より一層船の形が明確になります。アンドロメダの頭部が船の舳先、ペルセウスの足が艪になります。ペルセウスとアンドロメダはうまい具合に星が並行して並んでいるため、細長い船の形が容易に星空に浮かび上がってきます。
 
 

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堂々たる風格の星座です。ほとんど支配者の威厳を持った星座です。おそらく、大和盆地では春分の神邇芸速日命を主神とした祭祀が行われていたと考えられます。それがなんらかの理由で饒速日尊が主神から降ろされて、大物主神が主神の祭祀へと移り、さらに神倭伊波礼毗古命を主神とする祭祀に移行していったのではないかと考えられます。
 
神倭伊波礼毗古命は、星座の上では太陽神の子供であるシリウスなのですが、星座の上では邇芸速日命の方が、支配者のように扱われています。先代旧事本紀で邇芸速日命が、神倭伊波礼毗古命が来る前に大和を支配していたとしています。
 
皇室の祖先神である神倭伊波礼毗古命よりも、邇芸速日命が支配者らしい扱いであるのがなぜであるかについては、次回解明します。

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