« 槁根津日子とカノープス | トップページ | 神武東征と天の川 »

2017年10月28日 (土)

神武東征と秋の星座

九州を出発した神倭伊波礼毗古命は、瀬戸内海を東に進み、浪速で邇芸速日命の軍勢とぶつかりました。邇芸速日命軍の将軍登美能那賀須泥毗古が放った矢が、神倭伊波礼毗古命の兄の五瀬命に当たりました。
 
五瀬命は「我々は日の神の子孫であるのに、太陽に向かって戦ったので負けてしまった。これからは迂回して、太陽を背に受けて敵を討とう。」と言って南に向かいました。五瀬命は血沼海で手についた血を洗い、紀伊国の男の水門(紀ノ川の河口)で亡くなりました。
 
ここから先、神倭伊波礼毗古命は、次々と不思議な怪物や半人半獣の怪人?と出会います。これらの怪物や怪人は秋の黄道の星座です。しかし秋の黄道の星座は暗くてぱっとしない星が多いので、神よりは一段落ちる怪物として扱われています。古代人は、薄暗い秋の夜空は、怪物がうごめく得体のしれない世界とみなしていたようです。
 

Kojiki65

秋の夜空
 
 
1)大きな熊とくじら座
まず神倭伊波礼毗古命は、熊野で現れたり消えたりする大きな熊に出会いました。神倭伊波礼毗古命とその軍勢は、全員が気絶してしまいます。熊野の高倉下が太刀を献上し、命が太刀をふるうと怪獣は切り倒されました。
 
この現れたり消えたりする熊とは、ペルセウス座の南にあるくじら座の変光星ミラです。ミラは約330日の周期で、3等星から10等星まで明るさを変えます。3等星の時は肉眼で見ますが、7等星以下の時は肉眼では見えないので消えます。
 
16世紀末になって望遠鏡が発明され、ミラは消えて無くなるのではなく、周期的に明るさを変える星であることが確認されました。ミラというのはラテン語で「不思議な星」という意味です。それまでは、西洋でも現れたり消えたりする不思議な星として扱われていたのでした。だからペルセウスの神話でも、くじら座が海を荒らす怪物に当てられていたのです。
 

Kojiki66

神武東征と秋の黄道の星座
 
2)八咫烏とペガスス座
命に対して天津神が「ここから先は怪物がいて危ないので道案内を遣わそう」と言って八咫烏を与えました。先に見たように、八咫烏は秋の夜空のナビゲーションシステムです。
 
ペガスス座のあたりは明るい星がないので真っ暗です。そのため、古代人はこれをカラスに見立てたのでした。八咫烏が太陽の象徴になっているのは、ペガスス座のβ星とγ星を結んだ先に、2千年前の春分点があったからです。現在の春分点もα星とγ星の中間の下あたりにあります。
 
 
3)簗と魚座
さらに進んで吉野川の河口に至り、命は簗(やな)で魚を取る国津神に出会いました。
 
簗とは日本古来の漁法です。河を石や竹などで魚が逃げられないように通せんぼし、簀子状の台に魚を上げて根こそぎ捕まえる漁です。口で説明してもわかりにくいので、リンク先の写真をご覧ください、ニュースで見たことがある人も多いと思います。ヤナって何??初夏に清流で観光用に開催されることが最近増えてきました。
 
簗は上から見るとV字型をしています。上流から下流へ移動する魚を捕まえる時には、Vの開いている方が上流で、狭まっている方が下流です。上流から流れてきた魚はVの中の方へ追い込まれ、終端に待ち構える簀子や網で捉えられます。回遊する魚をとらえるために使います。
 
黄道十二星座の魚座は、二匹の魚がV字のひもで結び付けられている形をしています。古来から誰もこれを合理的に説明できませんでした。V字はチグリス川とユーフラテス川を表しているのだともいわれますが、果たしでどうでしょうか?
 
しかし、このV字が簗だとすると、二匹の魚は簗に今にもかかろうとしている魚ということになり、大変よく理解が行きます。メソポタミアの古代人も、最初は簗に見立てて魚座を作ったのではないでしょうか。
 
あるいは、日本神話の方が星座の起源であるのかもしれません。にわかには信じがたいかもしれませんが、これまで見てきたように、古事記の天津神神話の方が、ギリシャ神話やメソポタミア神話よりも、主要な星座を全て合理的に説明ができるのです。
 

Kojiki67

メソポタミアの石板に見える魚座とペガスス座。二匹の魚からティグリス川とユーフラテス川が流れ出て、中央に肥沃な畑(ペガスス座)がある。「星座神話の起源・古代メソポタミアの星座」近藤次郎著、誠文堂新光社。より
 
 
4)贄持之子と水瓶座
簗で魚を捕まえていたのは国津神の贄持之子でした。お供え物を捧げる人という意味です。これは水瓶座でしょう。水瓶座はメソポタミア時代には既に存在していました。
 

Kojiki68

メソポタミアの石板に見える水瓶座。メソポタミアでは水瓶座は偉大なる者と言われ、非常に重要な地位が与えられていた。おそらく秋の収穫を象徴する星座と考えられます。
 
水瓶座の星の配列を見ても人間には見えてはきません。水瓶座が捧げものをする人とみなされたのは、収穫の秋の星座であることと、簗と魚の隣にある星座だからでしょう。このように、ギリシャ神話でもメソポタミア神話でも、水瓶座は理解できませんが、日本神話であれば水瓶座は合理的に解釈が可能です。
 
おそらく東洋起源の魚・簗そして簗で捕らえた魚を献上する人という連想があって、それがメソポタミアに伝わり、やがてメソポタミア文明が都市化して簗のことが分からなくなって、魚から川が流れ出る星座と、収穫を意味する「偉大なる者」という星座として再解釈されたのでしょう。
 
 
5)井氷鹿と南のうお座
さらに命が進むと、井戸の中から尻尾が生えた人が出てきました。井戸の中が光っていました。その尻尾怪人は国津神の井氷鹿(いひか)と名乗りました。
 
この光る井戸は、秋の夜空唯一の一等星、南のうお座のフォーマルハウトです。フォーマルハウトはだいぶ南の星で、秋の夜空の非常に低い位置に見えます。黄道よりも低い場所にあります。
 
太陽神の子供である神倭伊波礼毗古命は、黄道を通っています。したがって、フォーマルハウトは下にあることになります。だから井戸の中と表現しています。とてもよくできてきますね。
 
さて、ここから神武東征には井氷鹿、石押分之子、土蜘蛛という3人の、尻尾が生えた怪人が登場します。この3人、ただ単に登場して命に挨拶をするだけです。東征を助けるわけでも邪魔するわけでもありません。一体全体何でこんなエキストラみたいな怪人を稗田阿礼は登場させたのでしょうか。どうしてわざわざ「尻尾が生えた」と書いたのでしょうか?
 

Kojiki69

焼き芋のような形をした南のうお座と山羊座
 
即ちこれは秋の夜空に登場する、焼き芋のような形をしたぱっとしない星座を表しているのです。それは南天の南のうお座と山羊座と、北天のケフェウス座です。
 
魚に見立てるのはまだわかりますが、これが山羊と言われてもピンときません。キツネや狸の尻尾が一番ぴったり来ます。井氷鹿は南のうお座です。冷たい井戸の中にいる尻尾が生えた怪物ですから、オオサンショウウオの神様ではないかと思います。
 
 
6)石押分之子と山羊座
命が岩を押し分けて山道を進むと、2人目の尻尾の生えた怪人が現れて、石押分之子(いはおしわくのこ)と名乗りました。これは山羊座です。岩を押し分けて進むのですからカモシカではないでしょうか。
 
ここからは神倭伊波礼毗古命は、石押分之子の案内で山道に入ります。日本神話では、山に登ることは天頂を目指すことを意味します。そのため、命は黄道から北に入ったと考えられます。山羊座の隣は射手座で、この辺りは夏と秋の星座の境目です。次回は神武東征の後半を解明します。

« 槁根津日子とカノープス | トップページ | 神武東征と天の川 »

天文と歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173723/65945927

この記事へのトラックバック一覧です: 神武東征と秋の星座:

« 槁根津日子とカノープス | トップページ | 神武東征と天の川 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ