浄土経典と法華経の本質
浄土三部経と法華経を旧来の解釈にとらわれずに、むしろSF小説を読むつもりで読むと、これまでとは違ったものが見えてきます。
浄土経典は、多元宇宙論を説いた哲学書です。
浄土教では如来の教えを聞くことによってさらに新しい如来が誕生していくと説いていますが、これは人間が思いを抱くことによって、今ある宇宙から新しい宇宙が分離し、新しく誕生した宇宙には生み出した人の思いが込められているという意味です。
念仏によって死後に浄土に転生するという内容の記述もあるにはあるのですが、これは浄土経典のごくごく一部の理解にすぎません。
浄土への転生という固定観念を取り払って浄土経典を読んでみると、面白い発見があるでしょう。人間には新しい宇宙を生み出す力すらあるという、物凄い人間賛歌であるのです。
これに対して、法華経は、人間は生まれてくる前に天界(前生?)で人生の課題を与えられてくると説く教えです。
法華経を読んでいると、信じる効能ばかり出てきて、最後まで教えの内容は出てきません。驚くべきことに法華経では、「あなたが法華経に興味を持ったこと自体が、前生で如来から法華経の講義を受けて、実践するためにこの世に生まれてきた証拠だ、だから安心して法華経を信じなさい」という超絶理論を展開しています。
なぜこのような強引な教えになっているかというと、法華経は現状肯定に陥っていたジャータカ(前生物語)に、現状を打破するためのエネルギーを吹き込んだ教えだったからなのです。ジャータカも時代が下ると、全てを前生の因縁で説明するようになり、このような内容の教えを聞いていたら努力をしても仕方がない、という虚無に陥ります。これを打破しようとしたのが法華経です。
本来宿命論であった前生を持ち出して、宿命論を打破しようとしたパラドックスこそが法華経の醍醐味です。
従って、法華経に教えの内容が書かれていないのは当たり前ということになります。宿命論を打破することが法華経のテーマであり、それ以上の枠をはめてしまうと、それが新しい宿命になってしまうからです。法華経は怖いくらい精神の自由を謳歌する経典なのです。
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コメント
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べっちゃんさん。あけましておめでとうございます。
いつも見させていただいていますが、量子力学での多重世界解釈を浄土教が表しているというのは、面白いですし、最近のアニメでも随分と多い題材ではありますね。
永野護のファイブスター物語は宿命論が根底にありますけど、一神教的なアニメより仏教的なアニメが増えているように感じるのも時代がそのような感覚を求めていると言うことなんでしょうか。いつもながら考えさせられる内容で楽しませて頂いています。今後とも継続して頂ければ幸いです。
投稿: 保守系左派 | 2018年1月 5日 (金) 11時47分
保守系左派さんこんにちは
今年もよろしくお願いいたします。
多重世界や時間移動系のSFが流行っていますね。
タイムスリップとは少し違いますね。
主人公が時間移動することによって、新しい世界ができてしまうというプロットがここにきて急に増えています。
最初に考案したのは誰だっけ?気になります。藤子・F・不二雄先生だったかな?
時間が存在しなくて、刹那ごとに生滅するフィルムのような世界を意識が移動していくということを最初に行ったのはアビダルマ仏教です。説一切有部だったかな?忘れた。
複数の宇宙が同時に存在すると言っているのが浄土教ですね。
同時に発生しうる量子の多数の状態それぞれの宇宙があると考えるのが最新の量子力学らしいですね。物質の状態によって宇宙が分かれるというのは何となく理解しやすいですね。
では意識によって宇宙は分かれるんでしょうか?浄土教は分かれると言っていますね。
量子がどういう状態を取るかによって宇宙もまた生滅するわけですが、我々人間のような生物が宇宙を観測して、それを記憶に残し、観測結果を前提に行動することによって、宇宙が固定化して消滅しにくくなるのでは?生命の役割は宇宙を固定化することでは?そんなことを考えました。
投稿: べっちゃん | 2018年1月 6日 (土) 23時17分