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2018年1月14日 (日)

古代シナ史の三重構造

「封神演義」が再アニメ化されたので、古代シナの斉について、思うところを。
 
古代シナの歴史は三重の構造になっていて、研究する人たちの間でも、どれを語っているのかわからなくなる混乱が発生しています。
 
 

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2018年1月13日 (土)

無量寿経(三)

この無量寿経の教えは、危険思想なのでしょうか?
 
非現実的な浄土を想像するだけで救われる。俺は念仏を唱えて救われてしまったのだから、後は何をしたってかまわない。そう考える人が現れてもおかしくありません。
 
実際、法然上人の弟子の中からそのような無頼が現れたため、法然と親鸞は後鳥羽上皇から流罪を言い渡されてしまいました。親鸞上人の実子善鸞は、悪人正機を曲解したために親鸞から義絶されてしまいます(親鸞からヒミツの奥義を伝授されていると善鸞がふれこんだからという説もあります。親鸞はそのような階級を嫌ったからこそ、比叡山を捨てて浄土門に入ったのでした。)
 
 

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2018年1月10日 (水)

無量寿経(二)

無量寿経の真髄は、如何に浄土が実際に存在する世界であることを信ずるかにあります。自分が何らかの手順を踏んで、如来になるような修行を無量寿経は求めてはいません。
 
 

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2018年1月 7日 (日)

無量寿経(一)

無量寿経は浄土教の根本的な経典です。
 
この経典は、釈迦如来がアーナンダや弥勒菩薩に対して、ダルマーカラ比丘(ダルマーカラ比丘)について説明する形式をとっています。ダルマーカラ比丘は、過去仏のローケーシヴァラ・ラージャ如来(世自在王仏)の弟子でした。ダルマーカラ比丘は長い修行の果てに阿弥陀如来になりました。
 
過去仏とは、お釈迦様の前に現れた悟った人のことです。
 
 
 

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