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2018年2月 4日 (日)

プリキュアと浄土真宗

日曜朝のテレビ朝日系列で流れている女児向けアニメのプリキュアシリーズ。私は第一作の「ふたりはプリキュア」の時から、この作品のバックボーンは仏教ではないかと感じていました。光の戦士の衣装が仏像をモチーフとしていたからです。
 
 
1)プリキュアの衣装は運慶快慶仏
 
美墨なぎさが変身するキャアブラックと、雪城ほのか変身するキュアホワイトの布でできたような戦闘衣は斬新でした。キュアホワイトの衣装はドレスをモチーフにしていましたが、キュアブラックの衣装はドレスともタンクトップとも違う見慣れない、しかも手足を守る鎧のような小手の付いた衣装でした。
 
仏像が好きだった私はピンとくるものがありました。これは十二神将軍(新薬師寺)(興福寺)や天部の衣装をモチーフにしているのではないかと。仏像の眷族神の衣装は、古代の西域や中国の革製の甲冑を参考に作られています。眷族神の甲冑は、体のラインに密着するデザインですし、レースが付いたりしているので、女の子の衣装に変換しやすいのです。
 
キュアブラックの逆立つ髪の毛も、十二神将や阿修羅のデザインに似ていました。二人が変身したり、必殺技を繰り出すときのきめポーズも、運慶快慶の仏像のポーズにそっくりです。キュアホワイトの頭の上でまとめたポニーテールも、興福寺の阿修羅像や秋篠寺の伎芸天などを参考にしてそうです。
 
仏像を一番参考にしていたのが、第4~5作の「Yes!プリキュア5」でした。キュアドリームは天女によくある髪型をしていますし、キュアルージュはまんま阿修羅です。
 
 
2)光の国は浄土
 
プリキュアシリーズでは、異世界にある光の国が、闇の勢力に襲われてピンチになり、中学生の少女が、光の国からパワーをもらって変身して闇の勢力と戦います。
 
阿弥陀如来というのは無量光ともいわれるくらいで、まばゆいばかりの光を発する仏です。浄土は金銀宝石でいっぱいです。だから浄土真宗のお寺や仏壇はキンキラキンです。観無量寿経と阿弥陀経はこれでもか、これでもかと浄土が光であふれているという描写があります。
 
プリキュアの力の源が光の国であるという時点で、浄土教の影響がうかがえるのですが、この光の国の性質も浄土教らしさが出ています。
 
光の国というのは妖精さんが住んでいて、平和で、まさにお伽噺の国です。けれども全然武力がありません。支配者としてはたいてい女王様がいるのですが、プリキュアをけしかけるだけで、全然現実には助けてくれません。
 
それどころか、闇の勢力と戦ったところで、少女たちには何の報酬もありません。完全なボランティアで割りが合いません。ウルトラマンの地球防衛隊は公務員ですし、同じ東映の変身ヒーローも軍隊らしき組織です。仕事として地球を守っています。しかし少女たちはプリキュアやっても何の得もないのです。
 
善と悪の対決、天から与えられた使命、これはザラストラ教やキリスト教のようにも思えます。しかし西欧のメシア崇拝の場合、救う側に明白な計画があって、本部の強い指導力のもとで戦士は戦います。他人行儀なプリキュアの光の国には全然指導力というものがなく、闇の勢力を追い出したところで、元の世界に戻るだけで、全然理想がありません。
 
別次元にある善意だけでできた夢の国が力を与えてくれる。夢の国が与えてくれた力で実現するのは、正直で夢のある普通の生活。これは魔女っ子アニメとかセーラームーンとか愛天使ウエディングピーチとかプリキュアシリーズと言った、女児向け戦闘アニメの共通した世界観なのですが、これは浄土教特に浄土真宗に強い考え方です。
 
夢の国が浄土で、女王様が阿弥陀如来なのです。南無阿弥陀仏を唱えて浄土とつながって勇気を手にした信者は、どんな悪意に対しても、あふれるような善意で答えて報酬を求めてはならないのです。
 
 
3)プリキュアは妙好人
 
浄土真宗では妙好人という概念があります。信者が到達する最高の境地と言われています。身の上に何が起きても仏の計らいと考える。金をなくしたら、前生で人の金をとった報いと考える。どんな苦難もあっても生きているだけで儲けものと考える。全て阿弥陀仏の計らいととらえる。何の報酬も求めずにひたすら人に奉仕する人生を送る人です。
 
プリキュアでは終盤で敵幹部が必ず少女たちに精神攻撃を仕掛けてきます。そこでは夢を失ったり、信頼感を失った世界が現れてプリキュアを絶望の淵に沈めます。そこで敵幹部が必ず言うのが「これはお前たちが望んだ世界なのだ」です。悪いことが起きるのは、全て自分の側に原因があるという考えで、これは浄土真宗の教えに近いです。つまりこの世で割の合わない出来事に出会ったとしても、それは前生の報いと考えるのです。
 
 
4)善人なをもて往生す、いわんや悪人をや
 
プリキュアの最後の特徴は、敵が浄化されて味方になることがある点です。
 
Splash starでは霧生姉妹が仲間に入りました。プリキュア5ではブンピーさんは敵が滅びた後も人間世界で生き延びています。それどころか敵の首領のデスパライヤは、キュアドリームの説得に心を動かされて「もっとこの者の話が聞きたい」といって、敵の最高幹部を動揺させています。
 
プリキュア5以降のシリーズには詳しくないのですが、中には敵首領が完全に味方になってしまった話もあるようです。プリキュアでは絶対悪がいません。これも、浄土教の教えに近いです。浄土教には悪というものが出てこないのです。
 
ユダヤ教やキリスト教の場合、悪魔や異端との戦いによって、自分の信仰を自覚する傾向が強いのですが、浄土教の場合は、ひたすら阿弥陀仏に帰依するだけで、悪い目にあってもそれを気にしてはいけないという考え方をします。
 
大事なのは、如何に阿弥陀仏に帰依するかであって、むしろ自力で救われる要素がまるでない悪人ほど、阿弥陀仏に絶対帰依できるのだから、専修念仏の素質があるという考えすらあります。
 
ただし親鸞聖人の「善人なをもて往生す、いわんや悪人をや」は、親鸞一流の皮肉で、「この世に完全な善人なるものがあるのならば見てみたいものだ」という注釈が付くのではと私は考えています。「自分は善人だという自信があるのであれば、自力で救われてみなさい」と親鸞は言いたかったのでしょう。
 
 
5)ウーマンリブとはまた違う日本の女性戦士
 
なかなかきれいにまとまらなくて申し訳ないです。しかし、プリキュアシリーズの醸し出す空気は、浄土真宗の影響を強く受けています。日本人にとってはごく自然に受け入れられる世界ですが、欧米では結構衝撃を持って受け止められているのではなかろうかと思います。
 
まあ、男が全く無力で、女の子がボランティアで組織の支援なく戦って世界を守るというだけで衝撃的で、ウーマンリブの人なんかはそれだけで舞い上がって、プリキュアシリーズを絶対的に支持していそうです。
 
欧米に出てくる女戦士というのは、結局男顔負けの筋力を持っていたり、女の武器で男を陥れることで戦いますが、魔女っ子やプリキュアは女の子が女の子のままで強い敵と戦って勝利したり折伏するわけで、女が女であることを否定して男にならなければ救われないと考える欧米のウーマンリブとは実は対極にある世界なのですね。
 
女の子が女の子のまま戦って、男に勝利してしまう日本アニメは、西洋の社会を根本から破壊する可能性がるので、絶対に受け入れられない世界観では?と私は思います。

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コメント

>敵首領が完全に味方になってしまった話
「スイートプリキュア」のラスボス「ノイズ」がそうですね。
あのキャラは悪というよりは、自分も含めた世界全てを消し去ろうとする虚無のようなキャラでしたが。この話では、テレビ版に出てきた敵キャラ全てが、最終的には味方になっています。
ちなみにこの話は2011年に放映されたので、大量の犠牲者が出た東日本大震災への配慮もあったのでしょうね。

プリキュアシリーズはそういうさりげない配慮が嬉しいですね。

ドラえもんなんかは残念ながら配慮が行き過ぎて、のび太がただの躾がなってない多動児になっています。ジャイアンとスネ夫がいじめっ子じゃなきゃ話が成立しないだろうに。

でもドラえもんの子供人気は復活しているようだから、あるいは現代の子供はいじめよりも、親からの躾がないことや、学級崩壊の方が切実な恐怖なのかもしれません。

初代プリキュアのキリヤは、そういう配慮の犠牲者でした。直前に佐世保の事件が起きて、学校でプリキュアを追い詰める役だったはずの彼は強制退場させられてしまいました。子供番組にも苦労があるのでしょうね。

僕はべっちゃんさんとは逆で、7年目のハートキャッチプリキュア以降を見ているので、初期プリキュアには逆に疎いのです。後のプリキュアでは、衣装はかなり可愛いものになってますし、異世界が存在しない話もあります。(その場合は現世に妖精がいるのですが)ただ、基本的にはべっちゃんさんがおっしゃるような世界観を貫いていますね。

プリキュアが世間への配慮を強いられたことで有名なのは「水着」の件ですね。6年目のフレッシュプリキュアでキャラの水着シーン(プールで水泳をしていただけだったのですが)が批判を浴び、12年目のGo!プリンセスプリキュアで水着シーンが復活するまで、水着シーンはありませんでした。(この頃からプリキュアシリーズのテンプレ化が問題視されるようになり、あえて過去のパターンを外す試みが行われています)

蛇足ですが、今日から始まった「Hugっと!プリキュア」の悪役はプリキュア5以来久しぶりの「悪の企業」で、早速評判になっています。第二のブンビーさんは出てくるのでしょうか。

ここで解説したのと身の回りにプリキュア見る人が現れたので、10年ぶりにプリキュア見ました。
ぶっちゃけ、キャラデザインがプリキュア5に近くて好みだったってのが一番の理由ですが。

オーソドックスな学園物で、こういうの好きですし、主人公に兄弟がいるっていうのも個人的にポイント高いですね。しばらく見てみようと思います。

敵組織がブラック企業なのはプリキュア5以来なんですか?

感想サイトも見ましたが「幼稚園で稟議承認ごっこが流行る」というコメントが、一番ツボにはまりました。

企業が敵になるのはプリキュア5以来です。フィレッシュプリキュアは異世界の管理国家が敵でしたが、これもかなり前ですね。ハートキャッチ、ハピネスチャージの敵は異星人でした。
全体的には、悪意、虚無、絶望、混沌、独善、嫉妬といった人間の心の在りようが現実化した敵が多いですね。こういうところも仏教的なのでしょうか。

うわ、今年は名作の予感と思ったら、第二話の絵コンテが佐藤順一先生だった。

これは一年見るしかありませんね。

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