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2018年2月 7日 (水)

法華経(二)

4)如来が現れる時
 
法華経は、世の中が危機に陥った時に、如来が現れて教えを説くとしています。その教えとして列挙されているのは、深遠な哲学書ではなく、比喩やジャータカや奇蹟などを交えたわかりやすい説話である言っています。(方便品)
 
このように法華経の作者は僧院内で行われていた哲学的考究や、律にがんじがらめの教えに否定的でした。
 
 
如来が現れるのは堕落の時代であり。悪徳が栄え、邪見が横行し、寿命が短くなった時と言います。
 
その時に、声聞・阿羅漢・独覚、すなわち僧侶たちの中に如来の教えに従わない者たちが現れると言っています。これらは如来の真の弟子ではないと断罪しています。
 
この部分は、後世に強い影響を与えています。メシア思想でありかつ、専門職的な聖職者の権威を否定しているからです。法華経を信じた人が独善的になってしまうことが多いのも方便品のせいです。この辺りでとどまっていると、白蓮教徒、石原莞爾、北一輝のようになってしまいます。
 
 
5)大乗経典の位置づけ
 
そして釈迦如来は、このように説きます。現在は危機の時代であるから私は大乗の教えを説く。大乗の教えを実践したものは、来世で必ず仏道を成就する。大乗の教えは僧侶だから在家だからと差別をしない平等な教えである。
 
この下りによって大乗経典が正当化されます。伝教大師が法華経を重視したのは、法華経の方便品が大乗経典による成仏を保証していたからです。
 
方便品の中には仏を供養する実践法が列挙されています。仏の像を作る、仏の絵を描く、花を手向ける、音楽を奏で太鼓を鳴らす、水を叩く、名号を唱えるこれを仏舎利の前でやりましょうと書いてあります。
 
法華の太鼓も念仏も、法華経に列挙してある手法を具現化したものです。
 
日本人の仏教信仰の実践法が全てここにありますが、それもそのはずで、比叡山やそこから派出した浄土門、日蓮宗、禅宗が、法華経の方便品を参考にして仏を供養する方法を在家に説いたからです。

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コメント

どうもこれまで浄土思想と比べて法華経がどういう考え方なのか理解できなかったのですが、お釈迦様がメシアだと考えると分かりやすくなりますね。

メシア信仰という要素も法華経にはあります。

方便品はアナーキーなところがあるので、法華経は幾度となく反体制派の理論的支柱として使われました。

記事にも出ていた石原莞爾や北一輝は有名ですね。
その一方で、有名なリベラリストである石橋湛山も日蓮宗の信者で、のちには立正大学の学長も務めたというのが面白いところです。戦前からリフレ政策を唱えたのも、大乗の教えが根底にあったのでしょうか。

石橋湛山が立正大学の学長になったのは父親が身延山の法主だからでしょうが、法華経の信者には実践的な人が多いとはいえるかもしれません。リフレとはあんまり関係ないんじゃないでしょうか。

平和主義の方向に実践的な人も、対外拡張主義の方向に実践的な人も両方いますね。

法華経の特徴は信者を奮起させること自体にあると言えるかもしれません。でも法華経は湧き上がるエネルギーをどこに向けるべきかは教えてくれない珍しい宗教なんですね。

石橋湛山が終始左翼からは距離を取り、保守政党の合同に力を尽くしたのは、間違いなく宗教の影響でしょう。共産主義は宗教を否定しますからね。

なんで戦後になって急に政治に身を転じたのか不思議でしたが、Baatarismさんの書き込みで合点がいきました。赤化革命の阻止に宗教的な使命を感じたのだと思います。

それと吉田茂と相性が合わなかったのは、吉田茂がクリスチャンだったからだと思います。

戦後の保守政党の離合集散は、もしかしたら宗教が背景にあるのかもしれないと思いました。

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