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2020年12月12日 (土)

香取の古社

下総の東庄、小見川、神崎の気になる古社を回ってきました。

 

東大社

千葉県東庄町に東大社という神社があります。御祭神は玉依毗売命。鵜葺草葺不合命の妻で、神武天皇の母親です。

伝説では、景行天皇が日本武尊を偲んで東国を巡幸した際に、この地に七年とどまったと言われています。

堀河天皇の時代に、海上郡高見浦(銚子のあたり)の海が荒れて交易は止まり不漁となって人々が難渋したので、康和四年(1102)に朝廷は海上郡の総社であったこの神社に玉子大明神の尊号を賜い、神輿を銚子の高見ノ浦に押し出して祈らせたところ、海が治まり大漁となったので、以来この地域の三社(東大社、雷神社、豊玉姫神社)が隔年で銚子の渡海神社がある高見ノ浦に神輿を出すのが恒例となりました。今は二十年に一度の銚子大神幸祭となっています。この地域を襲った異変は、大地震による津波を表しているという説もあるそうです。

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この神社は台地の上にあります。当時は海が段丘涯のすぐ下まで来ていましたので、神社からは海がよく見渡せたことでしょう。航海の目印だったのかもしれません。打ち出し祭礼は茨城県の久慈郡金砂郷神社に現在でもあり、東京の府中でも品川の海まで神輿を運ぶ祭礼があったと言われています。海の向こうから神様が宝とともにやって来たという信仰が推測できるお祭りです。

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銚子大神幸祭の由来

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さすがは皇祖神の神社で鷹司平通・和子(昭和天皇次女)夫妻お手植えの杉があります。

 

豊玉姫神社

東大社から内陸に入っていき二時間くらい歩いて、豊玉姫神社があります。御祭神の豊玉比売は海神の娘で玉依姫のお姉さんです。彦火火出見尊の妻、鵜葺草葺不合命のお母さんに当たります。銚子大神幸祭に参加する三社の一つです。日本武尊がこの地で豊玉比売の祭祀をしたのが始まりと言われています。

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東大社から豊玉姫神社に向かう途中、太平洋側が見える場所があります。奥に見える溜池は、かつてこの地にあった椿海の名残です。江戸時代まではここから太平洋まで見渡す限り椿海という干潟でした。

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豊玉姫神社本殿。今では内陸であるが、かつてはこのすぐ下まで海が来ていました。境内はかなり広いです。鳥居から本殿まで結構歩きます。

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豊玉姫神社の縁起です。東大社と同工異曲。荒れる海を日本武尊が玉依姫を祀って沈めたとされています。海を鎮める神様は日本では女神が定番です。

 

木内大神

小見川の内陸には木内大神というとても古い神社があります。佐倉宗吾で登場した木内氏発祥の土地です。木内神社の創始は大同年間(807)、伊勢神宮の外宮から豊受姫命を勧請したとされています。印旛沼の麻賀多神社や船橋大神宮で見たように、下総国では豊受大神の信仰が古代から卓越しています。

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鎌倉時代に千葉常胤の息子の千葉胤朝がこの地に土着し木内氏となったとありますが、木内氏は千葉家より前からこの地にいる豪族で、千葉氏に婿入りするような形で一族に迎え入れられた可能性もあるでしょう。とても由緒がある一族だったわけで、堀田さんは大変な相手を敵に回してしまったと言えるかもしれません。

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鬱蒼とした鎮守の杜。厳粛な雰囲気を感じます。  

 

神崎神社

JRの下総神崎駅から、利根川へ向かって歩いて30分弱、川沿いの小高い丘の上に神崎神社があります。御祭神は天鳥船命、大己貴命、少彦名命、面足命。

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田んぼの中に浮かぶ島のような丘にあります。

常陸国河内郡と下総国香取郡の境、大浦沼の二つ塚から白鳳二年(674、天武天皇三年)にこの地に遷座したと伝わります。非常に古い神社です。平安時代初期の三代実録でも小松の神の名で記録されています。

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利根川の常陸側と下総側には対応するように似たような性質を持つ神様が配置されています。鹿島神宮には香取神宮。筑波神社には麻賀多神社といった具合に。神崎神社に対応するのは恐らく息栖神社です。両方とも船を神様とする神社で、かつては海の中に浮かぶ島だったからです。

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風格のある本殿です。優しさと威厳を併せ持った神社です。丘の上にあるので、清浄な感じがするのも良いです。個人的にはとてもおすすめです。

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本殿の奥には、樹齢千年ともいわれる「なんじゃもんじゃの木」があります。なんじゃもんじゃの木とは神聖な大木のことで、日本中にあります。この大樹は徳川光圀が見て「なんじゃこれは」と叫んだという伝説を持っていますが、実際はそれよりも前から神聖視されていたのでしょう。

 

下総には由緒ある神社がたくさんあります。すべて西国の移住者が持ち込んだと言うだけで説明はつかないと私は思います。玉依姫や豊玉比売だって、古事記に日向の神様と書いてあるからと言って、南九州からもたらされたと決めつける必要はないでしょう。海を鎮める海神の娘という信仰が、それこそ縄文の昔からあって、玉依姫や豊玉比売という名前はあとからつけられたのだと思います。

豊受姫神も海人族とは別系統の、海の民としての物部氏の神話の存在を想像させてくれます。神崎神社の天鳥船命は饒速日尊の天磐船を連想させますが、出雲の神と一緒に祀られていますので、天孫とはまた別の海の民の神話があったのかもしれません。

下総は日本神話を新たな目で見直す視点を与えてくれる不思議な宝箱です。

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