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2021年9月20日 (月)

鯨と人魚と観音

(1)鯨と観音とダイダラボッチ

関東で鯨に見立てられた山は筑波山と日光の二荒山と八溝山ですが、いずれも坂東三十三観音に選ばれていて、古くからの観音信仰の中心地です。いずれもダイダラボッチの物語が残る山です。同じく鯨地名が残る安房国と三浦半島も観音信仰が盛んな土地です。古い観音信仰の背景にはダイダラボッチがあるのかもしれません。

Tsukuba

筑波山のへこみは、ダイダラボッチが腰かけた跡とされる

 

Yamizo

八溝山、やはりダイダラボッチが腰かけてへこんだという伝説がある。

観音信仰は海の民とつながりが深いです。魚籃観音なんていうのもあります。観音信仰は懐が深いので、殺生を生業とする漁師でも救ってくれるからということで、漁師の間に広まったと言われています。また観音浄土である補陀落は南の海上にあるとされ、日本の古くからの常世信仰と習合したともいわれています。

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浅草寺の金蔵門

例えば有名な浅草寺では、推古天皇十三年に檜前浜成・竹成兄弟が投網の中に正観音像を感得。つまり漁をしていたら観音様が網にかかったので祀ったのが始まりとされています。鎌倉の長谷寺は天平八年に大和の初瀬から観音の巨像が三浦半島の長井に流れ着き、藤原房前が徳道上人を開山として祀ったのが始めとされています。全国の長谷寺はみな同様にして、奈良の長谷の大仏と同木から作り出したという伝説を持っています。たいていが海に流れ着いたということになっています。

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観音信仰では巨大な草鞋が奉納される

 

どうもこの漂着する仏というのは寄り鯨の変形のように思えてなりません。元々は鯨とダイダラボッチを信仰していたのが、仏教伝来とともに観音様に入れ替わったのではないでしょうか。全国の長谷寺が大仏を作るのも、元々はダイダラボッチの信仰だからかもしれません。

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奈良の長谷寺。初瀬は万葉集では死者と生者が出会う場所とされていて、仏教伝来以前から宗教的な場所であったらしい。

 

それと観音の重要な特徴は、男性であると同時に女性でもあることなのですが、筑波も日光も八溝山も男体山と女体山があって男女一体の山なのです。

甲斐と信濃の鯨山である八ヶ岳にも観音平があります。八ヶ岳には男体山と女体山は無いようなのですが、甲斐には八ヶ岳は男の神様で、富士山が女の神様という古くからの伝承があります。やはり東国では山の神様は男女セットなんですね。

 

(2)ジュゴンと観音と人魚

あるいは観音信仰は女神信仰と習合している形跡もあります。古い十一面観世音菩薩がある山には女神の伝説が残っています。漁師が網にかかった観音を家に持って帰って拝んでいたら長者になれたというパターンが多いのですが、これなどは豊玉姫命、玉依姫命などの人魚の信仰と混ざり合っているのかもしれません。つまり元々は漁師が人魚と夫婦になるという物語だったのが、仏教が広まったり、あるいは近世になって古事記神話が広まって、山幸彦と同じ物語は畏れ多いということで人魚が観音様に入れ替わったのかもしれません。

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現代の人魚

人魚と言えばジュゴンです。江戸時代までは屋久島にジュゴンがいたと言います。ジュゴンは餌を探して数百㎞も泳ぐので、温かい縄文時代には瀬戸内海や伊勢湾にもいたかもしれません。ジュゴンは非常においしいそうです。これはネットで検索すると話が出てきます。ジュゴンが絶滅危惧種になる前は、沖縄ではジュゴンの肉は珍重されていたそうですし、数十年前までは東南アジアやオーストラリアでも食べられていたそうです。

人魚を食べると長命になるという伝説も、ジュゴンの肉の話が形を変えて伝わったのかもしれません。そして観音には、飢えた人に食べられたという伝説が残っています。飢えた修行僧が鹿の遺体を食べて生き残ったが、後になって拝んでいた観音を見ると腿の部分が欠けていたというような話です。

 

(3)鯨石と龍涎香

鯨を調べていると、鯨の体の中から玉が出てきたので畏れ多いということで祀ったという話が出てきます。豊玉姫と玉依姫は名前に玉が入っていますし、潮満玉と潮涸玉が出てきます。従来これは真珠とされることが多いのですが、もしかしたら龍涎香(りゅうぜんこう)かもしれません。

龍涎石とはマッコウクジラの胎内でできる結石です。作られる仕組みはまだよくわからないそうです。高貴な香りがするとされて、インドや中国で珍重されました。たまたま海岸に打ち寄せられたマッコウクジラの死体から取り出されるもので、とても高価でした。

だから鯨は体の中に不思議な石(玉)を持っているという伝説が生まれたのでしょう。鮫も胎生ですので昔の人は大型の鮫と鯨は区別していなかったと思われます。

南インド起源の古い仏典には、船乗りが難破して謎の島にたどり着いて、龍の王様から不思議な玉をもらって大金持ちになる。という話が出てくるのですが、これなどもインドネシアや或いは日本までインド商人が到達していて、現地人から龍涎香を買い求めていたしるしかもしれません。

 

(4)鸕鶿草葺不合尊とラッコあるいはアザラシ

先日国譲りの神話を分析した際に、ウミウが登場することに気が付きました。しかしよく吟味してみると、これはラッコの生態を表していることがわかりました。元々はラッコだったけれども、南海に物語が伝わるうちに何の生物かわからなくなり、海に潜って魚を捕まえることからウミウだろうと間違って伝わったのではないかと考えられます。

海幸彦山幸彦の物語は海を舞台にしています。豊玉姫と玉依姫は海の世界のお姫様で、鯨・鮫・ジュゴンと考えられます。であれば生まれた子供の鸕鶿草葺不合尊も恐らく海の生物であるはずで、私はラッコなのではないかという説を提示したいです。

ラッコは海の上で寝起きします。寝床がありません。昆布を体に巻いて流されないようにして寝ます。それで家づくりが間に合わなかったという名前なのではないかなと思うのです。

鸕鶿草葺不合尊はカヤブキが間に合わなかったという意味です。古代は屋根や竪穴式住居の壁をカヤの茎や木肌で覆いました。これを茅葺(カヤブキ)と言います。茅葺が間に合わなかったということは、家に屋根や壁の草木がついていないということですから、要するに毛が無いということになります。

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アザラシ?

海に潜り、毛が無い生き物と言えばアザラシです。人間と鮫、あるいは鯨の合いの子である鸕鶿草葺不合尊は、人間に似た顔を持ち、海で暮らすラッコかアザラシだったのではないかと考えられます。北米のネイティブアメリカンには、人間の女性とアザラシの男性が夫婦になって子供を作り人間の女が最終的にアザラシになってしまうという話もありますので、山幸彦と鸕鶿草葺不合尊の神話は、海の民に伝わる昔話の一種だったと考えられます。

天皇家が東国出身かはまだよくわかりませんが、古事記に残っている海部の神話の起源は、どうも東国にありそうです。縄文時代は関東や東北地方の方が豊かで人口も多かったです。縄文時代には九州は阿蘇山や姶良カルデラの噴火で壊滅しています。弥生時代にも開聞岳や霧島の噴火で南九州は甚大な被害を受けています。私は神武天皇に象徴されている天皇家の祖先が九州を脱出したきっかけは火山の噴火と考えています。中国地方や近畿地方は花崗岩質で土地が瘦せているので動物が少ない。東国の方が海も山も動物が豊富でドングリも多くて豊かでした。文明の中心は東国にあったのでしょう。

 

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