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2021年9月22日 (水)

鯨地名(奈良県)

Nara

櫛羅 くじら

奈良県御所市櫛羅

古代からの聖地葛城山の住所です。すなわち葛城山は、大和の鯨山です。葛城山は古事記や日本書紀にも頻出します。古代豪族の葛城氏の本拠とされています。日本書紀によると第五代孝昭天皇、第六代孝安天皇、第七代孝霊天皇は葛城山の東側に都を作り、そして葬られたとされています。第七代の孝元天皇の時に、葛城から奈良盆地の中心である橿原に遷都したそうです。

その後日本書紀の舞台はしばらく橿原と巻向(桜井)に移ります。葛城は仁徳天皇の時代に再び登場します。仁徳皇后磐之姫は葛城氏です。履中天皇、反正天皇、允恭天皇は仁徳天皇と磐之姫の間の子供なので、葛城氏は五十年間にわたり河内王朝の外戚として力をふるったのでしょう。そして雄略天皇は、葛城山で狩りをしている最中に一言主神に出会ったとされています。

Narakatsuragi

葛城山東麓の神社

葛城山の東側の櫛羅は鴨氏の中心地で鴨山口神社(大山祇神・大日霎貴命・御霊大神)、鴨都波神社(事代主神)、恵比寿神社などが鎮座しています。駒形大重神社も奥州安部氏との関連で興味深いです。葛木御歳神社は日本全国の大歳神を祀る神社の中心とされています。大歳神も三重県と静岡県で見たとおり、鯨と縁が深い神様です。このように非常に由緒ある神社が集中している地域です。

寺社仏閣 | 御所市 (city.gose.nara.jp)

鴨氏の中心地で、事代主神が櫛羅に祀られていて、御所の人々の鎮守として親しまれた神社が恵比寿神社というのは、当ブログとしては見過ごせません。事代主神は古くは鯨を神格化した神であったと考えられ、事代主神の聖地なのでこの地の名前がクジラなのでしょう。初代神武天皇の皇后は事代主神の娘で、第二代綏靖天皇、第三代安寧天皇、第四代懿徳天皇までは事代主神の女系子孫です。初期の天皇家が、鯨を神と崇める鴨氏と密接な関係にあったことが伺えます。

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恵比須様、事代主神と同一視される(東京品川荏原神社)

事代主神の女系子孫である初代~第四代の天皇が、日本書紀では葛城ではなくて橿原にいたとされ、第五代になってから何故か大和盆地の中心地の橿原を南下して、鴨氏の本拠地であるはじっこの葛城に移住しているのは矛盾しています。それは私は天皇家は神武天皇の時に南九州を脱出し、そこから四代かけて瀬戸内を東上して、第五代孝昭天皇の時に初めて大和盆地に入ったのだけれども、神武天皇を神格化するために東征を神武一代の出来事にしてしまったために、第二代~第四代の事績が不明となり、さらに橿原にいたという創作がなされたと考えていますが、これについては瀬戸内の鯨地名を語る際に明らかになるでしょう。

私は孝昭天皇、孝安天皇、孝霊天皇、孝元天皇は兄弟であり、それが神武天皇の四兄弟(五瀬命、御毛沼命、稲氷命、神倭伊波礼毗古命)に反映しているのではないかと考えています。諡号に四代続けて孝の字が入っているのは、何らかの伝承が奈良時代まで伝わっていたからではないかと思うのです。

 

葛城山は飛鳥時代に役小角が山岳仏教の修行地として開発しました。葛城山系、金剛山系は特徴的な岩石が多く古くから神聖な場所として崇められていたようです。

葛城山の西麓、即ち河内側は和泉山脈、金剛山地(葛城山系)を行場とする葛城修験の霊場です。葛城修験は法華経二十八品を一品づつ山中に埋めて経塚を作り、二十八宿の行場を設定したとされます。二十八宿というのは、古代中国の星座で月の位置を表すのに使います。どうやら葛城山の信仰は星座ともつながりがあるようです。海部は星座を作り、航海の道標としていました。日本神話には海部の天文知識が隠されています。

 

Img_2846

インドの天体観測施設(日本史とは関係はありません)

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