鯨地名(岡山県) 温羅伝説と鯨
岡山県瀬戸内市邑久町福中
地名の由来は、因幡国岩美郡に居住した久遅羅臣の子孫が当地に移住したことにちなむとしています。鳥取県鳥取市の久志羅に居住した伊福部氏が備前にも移住して久志良という名前を残したことになります。
岡山県総社市久代
高梁川支流の新本川中流域に位置します。総社市秦の正木山山麓には、古墳後期の横穴式石室墳である久代大塚古墳や横口式石棺を持つ長沙2号墳などの古墳が分布しています。平安時代の和名抄に備中国下道郡十五郷の一つに釧代郷(訓代郷)があり久之呂(くしろ)の訓が付されており、総社市久代を中心とする地域に比定されています。正木山にある麻佐岐神社は延喜式にも記録されている古い神社。「吉備温故秘録」には山頂に神殿の柱石・玉垣・鳥居などがあったとしています。備中誌は末社に加茂社と竜王社を載せています。正木山の北西山麓には石畳神社があり、これも式内社です。岡山県神社誌によると祭神は経津主神です。
総社市秦には秦廃寺跡があり、飛鳥様式や白鳳様式の瓦が発掘されています。この地域に有力な豪族がいたことを伝えています。本川と高橋川の合流地点位は伊予部山があり、これは初期の天皇家が瀬戸内を放浪していた時期の名残の可能性があり、愛媛県の鯨地名で触れます。
加茂氏が信仰していたのは鯨である事代主神ですし、北海道や東北では鯨が龍と同一視されているケースもあり、正木神社も興味深いです。
岡山県岡山市北区下高田
岡山空港の北西2㎞くらい、低い丘陵に挟まれた細長い平野です。平凡社地名辞典によると、下高田村の枝村として鯨谷村があったそうです。下高田村の鎮守は楽々森権現(ささもり)でした。御祭神は吉備津彦命の従者の県主楽々森彦命です。鳥取県の鯨地名で見たとおり、楽々福神社(ささふく)は伯耆国に分布し、吉備津彦命や孝霊天皇を祀っています。その楽々福が備中の国では吉備津彦命の従者の名前となっています。おそらくこの鯨谷の楽々森彦命が、孝霊天皇軍の主力として牛鬼と戦い、勝利したのちに伯耆国の日野郡を所領としたのでしょう。
楽々森神社は残念ながら現存しておらず、跡地だけが残るようです。Google Mapの口コミによると、楽々森彦命は温羅伝説に登場し、吉備津彦命妃の高田姫の父親とされているそうです。桃太郎伝説の猿のモデルともいわれています。吉備津彦神社には楽々森彦命の荒魂を祀る鯉喰神社があります。上高田の鼓神社は御祭神四道将軍大吉備津彦命、御功臣遣霊彦命、県主楽楽森彦命、同御娘にして将軍御后の高田姫命とあります。この辺り一帯を治める楽々森彦命という豪族が実在したことはほぼ間違いないのではないでしょうか。そしてこの地域の地名は鯨谷でした。
吉備津彦の命の鬼退治
温羅(うら)とは吉備にいたとされる鬼です。村人を悩ましたので、大和から派遣された四道将軍の吉備津彦命が、温羅を退治することになりました。
吉備津彦が放った矢を温羅は石で撃ち落とします。鯨地名の周囲には矢にちなんだ地名が分布することが多く、矢のちなんだ地名は雷神と鉱山を表しているようです。二本の矢のうち一つは温羅の左目を射て温羅は片目になりました。片目は冶金の神の重要な要素です。温羅は吉備の鉱山を掌握していたのかもしれません。
温羅は雉に変身して逃げたので、五十狭芹彦命 (吉備津彦命)は鷹に変身して追いかけました。鳥に変身するのは日本武尊と同じで、河内王朝の王族の重要な要素です。さらに温羅は鯉に変身して逃げたので、五十狭芹彦命は鵜に変身して捕まえました。鵜飼もまた古来から大和朝廷の重要な部民でした。あるいは鯉に変身した温羅を楽楽森彦命が仕留めたともいわれています。
鯨地名(三重県)で見たようにダイダラボッチは鯨に変身します。あるいは鯨が陸に上がってダイダラボッチになります。この地域が鯨谷であることを勘案すると、温羅が鯉に変身するのは、ダイダラボッチ伝説の痕跡のように私には感じられます。温羅にはダイダラボッチとしての要素もあるのです。
久代で見たように、吉備には巨石の構造物が遺跡として残っています。飛鳥時代に唐と新羅を警戒して建設された城砦以外にも古い巨石信仰の形跡が見られます。巨石もまたダイダラボッチ伝説の重要な要素です。
- 鉱山資源の争奪戦
- 河内王朝の鳥信仰
- 鯨・ダイダラボッチ信仰
温羅伝説には複数の要素が混ざり合っており、相当に複雑な成り立ちであることがわかります。
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