2017年5月20日 (土)

お釈迦さまのお后

お釈迦さまの妃としてはヤショーダラー妃が有名です。また、お釈迦さまにはラーフラという息子がいました。彼は十大弟子の一人に数えられています。一般的な仏教解説書は、ヤショーダラー妃をラーフラの母としていますが、「ジャータカ」はヤショーダラーは登場せず、ラーフラの母だけ出てきます。そして、ラーフラの母の名はビンバデーヴィーであったとしています。そのため、ラーフラの母はヤショーダラーではなかったと考えられます。

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2017年5月17日 (水)

僧侶と在家

前回、仏弟子にふさわしくない行動をした僧侶を在家信者は拒否できることがジャータカには書かれていることを説きました。
 
お釈迦さまはそのすぐ次の説話において、僧侶に対して、在家信者からの布施が十分でないことを、修行が進まない理由としてはならないこと、普段世話になっている在家信者の困難を、僧侶は見過ごしてはならないことを説いています。
 
 

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2017年5月14日 (日)

教団の分裂

昨日は、修正作業をしている間に、間違って最新投稿を過去の書き込みで上書きしてしまいました。すみません。ああ、諸行無常。
 
気を取り直して記憶を頼りに書き直しました。
 
お釈迦さまの死後数十年後に、仏教教団は教えの解釈をめぐって分裂したといわれています。ジャータカには、お釈迦さまの生前にも、教団の僧侶たちが些細な戒の解釈をめぐって仲違いしたことが記録されています。
 
 

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2017年5月10日 (水)

ヴィドーダバ

釈迦族の滅亡第三弾。完結編です。やがて、アーナンダも死んで、コーサラ国は遠慮なく、マガダ国に寝返ったカピラヴァットゥを攻め滅ぼしました。アーナンダは最後に残った純粋な釈迦族の王位継承者たっだからです。アーナンダが死去することにより、コーサラ派がカピラバットゥの王位を継ぐ可能性が亡くなったのが、コーサラ国がカピラヴァットゥを攻め滅ぼした理由でしょう。
 
 

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2017年5月 6日 (土)

アーナンダ2

釈迦族の滅亡を推理するシリーズ第二弾。第一弾では、コーサラ国は仏教の保護者であったことを確認しました。ではなぜお釈迦さまの出身地であるカピラヴァットゥとコーサラ国は対立するに至ったのでしょうか。おそらくマガダ国の意向が影をさしているのでしょう。
 
お釈迦様入滅後数十年間の仏教教団の動きを、ジャータカから推測します。それはアーナンダが教団の主宰者であった時期に重なります。お釈迦さまの侍者ではなく、教団のリーダーとしてのアーナンダはどのような環境の中で、どのようにふるまったのでしょうか。
 
 

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2017年5月 3日 (水)

パセーナディー王

釈迦族の滅亡について、ジャータカから推理をしてみます。
 
釈迦族の都市国家カピラヴァットゥは、コーサラ国の属国でした。その当時のインドには西にコーサラ国、東にマガダ国という二大強国がいて、互いに覇を競い合っていました。カピラヴァットゥはコーサラ国の東端に位置し、マガダ国との戦いの最前線にありました。
 
釈迦族が両国の間で時には優遇され、時には苦労していたことが、経典やジャータカから読み取れます。二大強国に翻弄される釈迦族の姿を見てみましょう。
 
 
 
 

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2017年4月29日 (土)

マハーカッサパの伝説

お釈迦さまの死後に仏教教団の指導者となったマハーカッサパは、かつて結婚していましたが、何らかの理由で出家し、お釈迦さまの弟子となりました。
 
既婚者が出家するのは当時のインドでは珍しいことではなく、他ならぬお釈迦さまがそうでした。それどころか、夫婦でそろって出家をして、ともに天界に生まれ変わることを願う風習もありました。
 
マハーカッサパの結婚には不思議な説話が残されています。
 
 

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2017年4月26日 (水)

マハーカッサパ

サーリプッタの死後、教団を指導したのはマハーカッサパでした。彼は第一回結集の座長でした。彼は清貧を旨としたといわれています。僧侶としての彼は地味な人であったようで、特別な逸話は残っていません。ジャータカに残る逸話も、彼のまじめな性格を表しています。
 
原始仏教教団の修行風景がうかがえる、彼の逸話を紹介します。
 
 

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2017年4月22日 (土)

法の将軍サーリプッタ

サーリプッタは優しく人間味ある人でした。しかし、不真面目な弟子などがいると、厳しいことを言って突き放すこともありました。ここら辺は、人付き合いが上手で、権力者や在家信者をうまくあしらったアーナンダと異なるところです。
 
ジャータカではサーリプッタは「法の将軍」と呼ばれています。彼の生前のニックネームだったらしいです。仏教でいう法とは人間が生きていく上で必要とされる法則のことです。法の将軍とは、自己統制がとれた人という意味になるでしょう。
 
仏教信者がサーリプッタをお釈迦さまの次に尊重していたことは説明するまでもないので、それではごく普通の人からはどのようにみられていたのかをジャータカの説話から探っていきましょう。
 
 

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2017年4月19日 (水)

サーリプッタの優しさ

サーリプッタはお釈迦さまの教えを最もよく理解していたといわれています。仏弟子にも信頼され、「法の将軍」と呼ばれていました。非常に理知的で戒をよく保ったと言われています。
 
また、サーリプッタはお釈迦さまの息子ラーフラの親教師でした。出家したばかりの若い僧侶を教え導く先生です。お釈迦さまから信頼されていたことがうかがえます。
 
しかし、ジャータカにはサーリプッタの意外な一面が記録されています。サーリプッタは料理が上手でした。食べ物に関連した説話が複数残されているのです。そして、彼は病人を適切な措置で何度か救っており、彼には医術の心得もあったようなのです。
 
 

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